第2話 六船協定

 コズモの支援物資の支給の話は寝耳に水だったので、大多数の船長はニコニコしながら礼を述べる。


 そんな中、口をへに字に曲げながら睨みを効かせる船長がいる。


「コズモ船長、先ずその大事な話とやらを聞かせてもらおう。売りに出ている恩を買うかどうかは、それで決める。」


 地球を九番目に出た船、『ノースウインド』の船長、「鋼鉄の淑女」こと、プリン・ルービックである。


 この女性を前にすると、多くの男は自分の存在が小さくなった気がするという。


 まともに話し合えただけでも、男が立ったと感じさせてしまうほどの船長だと聞いている。


「…プリン船長、ありがとうございます。端的に私の目的を説明させていただくと、今現在生き残っている六隻で、『六船協定』を結ばせていただきたい。」


 コズモの言葉を聞いた船長たちが眉を釣り上げる。コズモは船長たちの反応を見るように目を各船長へと走らせている。


「一体どんな協定を考えているのか知らないが、そんなものが存在しなくても、我々は必要に応じて技術交流を図り必要とあれば共同作業もする。今更わざわざ協定を結ぼうという話の意図は?」


『ノースウインド』のプリン船長が疑問を呈する。


「…五十年前、『イカルス』の身勝手な行動により各船の疑心暗鬼が生まれ、船交が衰退し、そしてその三十年後に『イカルス』が大破してしまうという悲劇があったことは皆さんの記憶にも新しいと考えます。我々はこれを教訓とし、信頼関係の上で成り立つ船の運営により益々の発展を得たと確信しています。先ずは、この関係をより強固なものにしたい、という事が一つ。」


 コズモの言葉に皆黙って耳を傾けている。


「そしてもう一つ、性急に対処すべき問題があります…我が船の誇る超高性能AI『ミズナ』曰く、この先二十年以内に、木星と土星の月がこの期間にほぼ全滅し、資源が採掘不可になる、と演算されました。」


 通信越しの会の場は一気に動揺に包まれる。


 現在各船は太陽から6〜10AUの場所で資源の採掘を行っている。


 **1AUで太陽から地球までの距離


 木星も土星もガスの塊なので資源採掘の対象にはなってはいないが、周辺の、合わせて数百に及ぶこれらの惑星の月が一番の資源採掘場であった。


 細心の注意を払い小惑星帯を抜け、多大な労力を費やしてここまで来たというのに、この場所が採掘不可になり、移動を余儀なくされると?


 だがしかし、オムニ・ジェネシスを支える最高峰のAI『ミズナ』が出す結論は、絶対的なものに近い。


「コズモ船長…この宇宙域は太陽から10AU近く離れており、余程運が悪くない限りそんなにピンポイントでソーラーフレアが当たるとは思えませんが…」


 地球を七番目に出た船、『クルーガーランド』の船長、ジライヤ・ジャヴァールは、丸々とした顎を指に乗せる。何かの間違いではないのか、と希望を交えた疑いを投げかけた。


「これまでならば確かに…しかし、宇宙線は思っていたよりも深刻に太陽の芯に響いていたようです。これから二十年の間に放出されるソーラーフレアの質量はこれまでの一千倍以上と予測されます…紛れもない事実です。この後すぐにでもデータを送りましょう。」


「ちょ…ちょっと待ってください。すると、この10AU離れている領域でも、そこら中にフレアが飛び回るって事ですか。」


『クルーガーランド』のジライヤ船長の震えた声に、コズモはそうだと言わんばかりに頷いた。


「強いていうなら、30AUあたりまで活動範囲を広げる事を…いや、むしろその辺りを拠点地域と置いて、資源採取を始める事を推奨します…」


「確かにソーラーフレアが心配なら太陽からより離れれば滅多に当たらない。しかしながら、30AUというのは、なかなかに遠い距離ですぞ…」


 事の深刻さを理解した『バルト』のシゲキ船長が口元に手を当てて思考に耽り始める。


「その通りです。だが、30AUではカイパーベルトがあります。氷の塊が多いですが、十分に巨大な小惑星が多数見受けられます。ソーラーフレアの影響で氷が溶けた小惑星も発見されています。太陽系内のウランの含有率はどこへ行っても一緒です。個々の隕石から取れる量は少ないですが、各船が協力することで、採掘スピードが飛躍的に向上すると推測されます。」


 人類はウランに頼らない核融合の技術を完成させたが、核融合反応を起こさせるためには重水素とトリチウムのクーロン力を超えるエネルギーを生み出さなくてはならない。


 要は、核融合を利用するためには、核融合反応を起こすためにそもそもの膨大なエネルギーが必要なので、とりあえずは原発が一番根本な資源となっている。


 しかも、超高熱の環境でないと核融合反応は生まれないため、超合金を使った設備でも一定期間でクールダウンと修繕が必要で、クールダウン中も核融合の再点火も原発で間に合わせるので、結局のところウランは消耗品として必要不可欠となっていた。


 そもそも、原発の冷却水から核融合の材料であるトリチウムも採取できるので、原発があることは一石二鳥でもあった。


「…話は分かった。しかし、30AUも離れた場所へ移動するなど、随分と長い時間がかかるのではないのか。現在の各船の加速を考えると、二年強といったところか?それに、具体的な協定の条件は考えてあるのか?」


『ノースウインド』のプリン船長が再び質問を浴びせる。


「素案がありますので、これを資料として皆さんにお送りしておきます。口頭で概要を少し述べると…


 ひとつに、まだソーラーフレアが活発にならない今の時期に、各船が総力を上げて、より近くにある土星の月から徹底的に採掘を行い資源を溜め込むこと。


 またひとつに、すべての船が互いの採掘をサポートすること。


 そしてもう一つ、資源を発見したらすぐに共有すること。


 さらに、船の大きさに応じた平等なエネルギー資源分配を行うこと。


 これらを誠実に行えるように、各船の大使館を置き、常に元の船と自由に交流を行う許可をいただきたい。


 まあ、細かいことは素案に書いてありますので、ご確認ください。」


 コズモは丁寧に言葉を選び概要を伝えた。


『ノースウインド』船長のプリンは、赤く塗った口紅から短く息を吐くと、ふわりとウェーブのかかったボリュームある茶色い髪を下から少し掻き上げる。


「ならばこの素案を読んでから判断することにする。返事は明日で良いのか?」


「…もちろん、じっくりご検討いただいてからでも大丈夫です。」


「いや、もう言いたい事は分かった。あまり悠長に事を構えても仕方がない。明日、同じ時間に集まり返事をしましょう。」


『ノースウインド』船長プリンの鶴の一声で次回の会議が決定し、この場は解散となった。


 次の日、細やかな条件について深く語られた後、六船協定が締結された。





 第3話『フレアの恐怖』へと続く


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