第25話 命懸けのキャッチ

 ロード245Aへ向かうクルー全員を止めなくてはいけない。


 メイトは皆を追い越そうと一心にエアシューターを全開にして加速する……


 そんな中、もう一人メイトの他にこの事態に気付いていた者がいた。


 ホッパーである。


 彼も双眼鏡を持参しており、ロード245Aに降り注ぐスペースデブリらしき無数の物体を独自に確認していた。


 ホッパーもレーザーポインターを取り出して、先ずはもう一人のレーザーポインターの所持者、メイトに向かって光を放つ。


 メイトもそれに呼応するように、ホッパーに光を当てる。


 ホッパーはすぐさまレーザーポインターをロード245Aに当てて、Nの形になぞる。


『ノー、ここへ行くな』のサインである。


 メイトはレーザーポインターを同じようにロード245Aに当て、IとKの字になぞる。


『アイ ノウ、分かっている』のサインだ。


 メイトが皆んなよりも圧倒的に速いスピードで向かっている事から、ホッパーはメイトが皆んなを止めようとしてくれているという事に気付いた。


 恐らくメイト以外では誰もレーザーポインターのサインを理解できない。


 ホッパーも同じように加速し、みんなの前に回り込もうとする。


 一人よりも二人で止めた方が良い。


 エアシューターを複数配備しているメイトに比べると加速は大分落ちるので、メイトはホッパーよりも速くみんなの前に回り込んだ。


 メイトは先ず大手を振ってみんなを止めようとするが、過半数はメイトに気付いていないか、気付いても励ますつもりで手を振っているのだと勘違いして手を振り返す始末だ。


 メイトはレーザーポインターでクルー一人一人の目を狙って光を当てる。


 何だよ、といった感じで皆んながメイトを見る。


 メイトはロードを大きく指差してから、顔の前で大きなバッテンを作り、それを何度も繰り返した。


 宇宙服に隠れて表情は見えないが、何人かが異常を察したのか止まってくれた。


 しかし、一人完全に気づいていないようで、そのままメイトを追い越して行ってしまう。


 クソ!誰だ、俺のサインがわからなかったのか!


 と思ったのも束の間、ホッパーが全力の加速を持ってその一人を追い越し、目の前で身体を張って止めた。


 これでひとまず、全員が止まってくれた。


 一安心したメイトは、『ここに集まれ』というように、みんなに手招きをする。


 ゆっくりと皆が集まり始めた。


 どうやらロード245Aを直撃し、メイトたちを吹き飛ばした隕石の欠片(デブリ)は、メイトがやってきた方向、つまり、バルト側から降ってきたようだ。


 バルト方向のどこかで隕石同士がぶつかり吹き飛んで、その破片の幾つかがこの近くを通り過ぎて、強い磁力に引かれて当たったものと推測した。


 もしそうならば、しばらく待っていればこのデブリのシャワーは収まるだろう。


 しかし、問題はまた別にあった。


 引っ張り上げてもらうはずのケーブルが、もはやコンテナに繋がっていない。


 そして、コンテナも壊れてしまったので、もはやロード245A戻っても仕方がない。


 メントは遠くにバルトの姿を確認したが、恐らく自分も含めてバルトまで飛んでいくのは不可能であろう。


 よほど上手く方向を定めて飛んでいかなければズレていってしまう。微調整を繰り返しながらでエアーは持たない上、辿り着くまでに時間がかかりすぎて、ホッパーたちは持たないであろう。


 仮に閃光弾を撃っても、ケーブルが回収されてしまうだけで無意味だ。


 メイトは双眼鏡を使って、ケーブルがどこに行ったのか探す。


 すると、ゆったりとこちら側に漂ってきてるケーブルの姿を確認した。


 ケーブルはどうやら自分たちのように吹っ飛ばされたわけではない。どちらかというと、コンテナから千切れて、それからわずかな圧力波にあたり、移動しているのだろう。


 ケーブルはこのまま行くとメイトたち側から見て北東方向を通る。


『バルト』に自力で到達するのは無理でも、あのケーブルに捕まる事はできるかもしれない。


 メイトはすぐにレーザーポインターをケーブルになぞる。肉眼では少し見えづらいかもしれないが、集まったメンバーに双眼鏡を渡し、一人一人にケーブルの存在を確認させる。


『ケーブルに向かって、あれを掴むぞ』というジェスチャーをする。


 メイトは、ケーブルを掴む仕草をして、それから閃光弾を撃つフリをする。そして、ケーブルに引っ張られていますというように、ケーブルをつかんだ両手が引っ張られているような動作をする。


 このパントマイムはよく理解されたようで、みんな頷いた。


 クルーの一人がメイトに、『噴射用空気がもうないよ』というジェスチャーをする。


 メイトが手に%を書いて、『いくつだ?』とでも言わんように、首を傾げる。


 そのクルーは、指で、二、十、六、と出してきた。26%か。


 メイトは念のため、他のクルーの推進用の噴射用空気残量を確認する。


 28%、32%、29%、31%、25%、28%、29%、24%…


 みんな似たような状況なようだ。


 そして、ホッパーの番。


 8%…


 皆が驚いてホッパーの方を見る。


 ホッパーは皆の前に回り込むために、余計に噴射用空気を使ってしまっていた。


 特に最後に気付いていないクルーの前に回り込んだ時は、一気に加速した上に、逆噴射でブレーキもかけている。


 途中で空気噴射で微調整を加えて進行方向を変えながら進まなければ、ゆったりにでも動いているケーブルを掴むのは難しい。


 いや、むしろ微調整を加えずにケーブルに飛びつくなんて、神業どころか、万に一つの可能性もない。


 要は、ホッパーがケーブルを掴めるようになるのは絶望的だ。


 みんながホッパーの方を振り向く。


 ホッパーは、『私に構うな、お前たちだけで行け。』とでも言っているように、自分を指さして、『自分はここで終わり』と両手で地面を指すようにジェスチャーして、今度は皆んなを指さして、ケーブルの方を指差した。


 皆は何もジェスチャーせずに黙りこんだ。


 メイトは、かつて己の人生を賭けて臨んだサイクリングを思い出していた。


 サイクリングのロードレースは個人競技とよく勘違いされるが、大きな大会となると、完全なチームスポーツだ。


 チームを勝たせるために、メンバーはエースの風除けになったり先頭で集団を引っ張ったり相手チームを押さえ込んだりしてエネルギーを使い、率先的に犠牲になる。


 まさにこのホッパーは、俺たちのために犠牲になる、と言っている。


 サイクリングならば、最終局面が近付いたら千切れたメンバーを待つことはしない。


 しかし、メイトは知っていた。どんな状態になっても、諦めずに挑み続けた男を。


 その昔、彗星のように現れた、サイクリング界の黒い豹を。






 第26話『オール・フォー・ワン』へと続く。












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