第26話 オール・フォー・ワン
メイトは、かつて己の人生を賭けて臨んだサイクリングを思い出していた。
サイクリングのロードレースは個人競技とよく勘違いされるが、大きな大会となると、完全にチームスポーツである。
チームを勝たせるために、メンバーはエースの風除けになったり先頭で集団を引っ張ったり相手チームを押さえ込んだりしてエネルギーを使い、率先的に犠牲になる。
欲張って自分がゴールを割って目立とうと考える人間がいるチームは勝つことはできない。
自分は放っておいてお前たちは行け、というホッパーと、チームメイトが被って見えた。
サイクリングならば、最終局面が近付いたら千切れたメンバーを待つことはしない。しかしそれは、とても辛い思いをすることになる。
ましてや、これはサイクリングではない。千切れることは死を意味するのだ。今生の別れとなる。
そして、メイトは同時に思い出していた。どんな状態になっても、諦めずに挑み続けた男を。
男の名前はジミー・ワン。
かつてツール・ド・アースに出場した、黒豹と呼ばれた若きサイクリストだ。
ジミーはその年、本来であればまだまだサイクリストとしてピークを迎えるまで何年もあろうという年齢で、トップ戦線に躍り出ていた。
エミソンという小国のサイクリストグループがあそこまで食い下がってきた事に、大会参加者を含めジャーナリストたちが『エミソンの奇跡』と謳ったほどだ。
しかしこの大会、エミソンチームは、最終局面で、メンバーの大半がドーピング検査に引っかかり、コーチを含めて大会途中で退場させられた。
退場しなかったメンバーも早々に諦めて大会を辞退した。このメンバーたちは後にチームとコーチを相手取り裁判で訴えたという。
ただ一人、あの21歳のエース、黒豹ことジミー・ワンだけが諦めなかった。
彼は一人になりながらも、裏切り者と周囲に罵声を浴びせられながらでも走り続けた。
レースの最後、彼はエミソンとチームの旗を掲げてゴールし、温かい両親に涙ながらに迎えられていた。
俺に、あんな事が出来るだろうか。裏切ったチームメイトたちでさえも、ああいう形で最後まで連れて行く事が、自分に出来たであろうか。
ジミーはその後、様々な不幸に見舞われサイクリング界を引退したようだが、メイトは未だにあの時、黒豹のメンバーが残っていたら、黒豹に勝てていたかどうか怪しいと思っている。
今では生きているのか死んでいるのかも知らない。
決着のつかなかった勝負…
しかし、精神においては彼に勝てるイメージがメイトにはなかった。
なんでこんな時に、あいつの事を思い出す…?
そう考えると、メイトは徐にチェンソーを捨てて、腰からワイヤーを取り出す。
そしてそのワイヤーを、宇宙服の腹部あたりにある、フックをかける半円型のループに結ぼうとジェスチャーすると、ホッパーはそれを拒もうとした。
『俺は足手纏いになる、危険だぞ』というジェスチャーをする。
すると、ゆったりと一人近づいてくる。
近くで見ると、ソルであった。
ソルはジェスチャーする。
『俺にもつけろ』と言いたそうに、自分のフックとホッパー船長とメイトを指差し、三人を繋げろという。
実は、ホッパーが加速して止めた男は、ソルだったのだ。ソルは、ホッパーの不足の原因は自分にあると思っていたようだ。
恩返し…そういう事なのだろうか。
すると、カールもやってきて、同じようにジェスチャーする。
そして、間も無くみんなが集まってきて、みんながみんな、『俺とも繋げろ』という。
オール・フォー・ワン…
ホッパーを支えるために、皆の心が一つになった瞬間だった。
メイトはついフッと笑ってしまった。これがロードバイクチームであったら、ツール・ド・アース、ぶっちぎりの記録更新となったであろう。
ホッパーの目に、光る物が反射した。
第27話『決死のダイブ』へと続く
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