第2話 怖い夢
チェンはあくる日、妙な臨場感を持った、奇妙な夢を見た。
トラブルメーカーでいつも学校で問題を起こしている年上の先輩、マイクとジェーンのカップルがバイク事故に遭って死ぬという内容の、何やら穏やかではない夢だ。
とにかく臨場感が凄く、まるで現実に見たことのように頭にこびりついた。
そして、チェンには本当にこの事が起こるんじゃないかという考えが頭から離れなかった。
−まさか、そんな訳はないだろう。たかだか夢だ。
チェンは自分に言い聞かせた。
第一、こんな不吉な夢の話をあの乱暴者の先輩たちに話したところで、機嫌を悪くされて殴られてしまうかもしれない。
−放っておこう。。。
そもそもチェンはこの二人は好きじゃなかったので、そのまま何も言わずにいた。
そして一週間ほどが過ぎた時、下校帰りに寄ったバン屋の帰り、突然に胸騒ぎした。
よく見ると、そこは急なカーブになっている場所で、一週間前に夢で見たあの事故現場だった。チェンは固まってしまい、少しの間、動けなかった。
すると、猛スピードでバイクが突っ込んできて、大きな事故が目の前で起こる。
事故に遭ったのは、マイクとジェーンだった。二人の身体はガードレールを乗り越えて吹っ飛んでいき、チェンがやっとの思いで二人の元へで辿り着いた時には既に死んでいた。
チェンは怖くなり、その日から頭が痛いと言って数日学校を休んだ。病は気からというか、実際に体調は優れなかった。
それ以来、チェンは悪夢にうなされるようになる。そしてこの事を、誰にも相談することができなかった。
チェンは父親が不在だ。
彼が七歳の時に失踪してしまった。
そして、ここ五年ほど、母親はことあるごとに父親に対する恨み言を言っている。
――嘘つき
――甲斐性なし
――他の女と逃げた裏切り者
そして、父親に対する人格否定の罵詈雑言を延々とチェンに聞かせ続ける。チェンはこれをずっと大人しく聞いていないといけない。
でないと母親は必ず、「お前はやっぱりあの男の息子だ」と言って、今度はチェンの人格否定を始めるのだ。
チェンにとって父親は、いつも母親に怒られていた、という記憶しかない。
母親は、完全に父親を見下していたように思われた。
−なんでこれが出来ない。
−本当にダメな男だ。
−お前はこんな事も言えないのか。
あくる日は、父親が急な案件で上司に呼び出された時も、
−またミスをしたのか、それで家族の面倒を見れるのか、仕事ばかりで家族を放っておくつもりなのか…
帰って来て疲れ切った父親を母親は明け方まで詰った。次の日の朝も仕事があるというのに。
正直、チェンは父親が失踪した事をごく当たり前のように受け止めた。
あんな状態ならば、誰だって逃げたくなる。
しかしながら、子どものチェンはそんな父親に同情はするが、同時に彼を情けない人間だとも思っていた。
なんで言い返さないんだ。なんで好き勝手やらせるんだ、と。
しかし、母親の怒りは恐ろしく、チェンもなるべく刺激しないようにしていた。
父親に対して情けないと言っておきながら、自身も母親には逆らえない。
この矛盾を子どもながらに感じていたチェンは、自分もまた情けない人間だとして、自分に自信が持てなかった。
こうして極度に内向的になってしまったのも、この母親との関係性が原因である。
そして仮病による休みも限界が近づき、学校へ戻り始める。
この頃には、チェンは何とか落ち着きを取り戻していた。不思議な体験ではあったが、単なる偶然だったのだろう、とチェンは結論づけた。
学校に行き始めても、誰一人としてチェンが戻って来たことをとやかく言う人間はいなかった。彼は、そういう存在だった。目立たず、誰も彼の事を気にしてはいない。。。
ただ一人を除いては。
「チェン君、最近休んでいたね。どうしたの?」
ミシェルがニコっとチェンに笑いかける。彼女は誰にでも笑いかける。別に彼が特別なわけじゃない。それでも、チェンは嬉しかった。
「う、うん、か、風邪。」
チェンの声はか細かった。
「あ、風邪引いてたんだ~。もう大丈夫なの。」
「う、うん。。。」
「そうか、良かった!」
ここで会話が止まる。ミシェルもどうやらネタが尽きたようだ。チェンに至っては、気の利いた会話を始められるわけでもない。
「あ!」
ミシェルは突然何かを思い出したように、拳を作って胸の前で手の平をポンと叩くと、
「キャンティーンでパン買いに行こうとしてたんだ!じゃあね、チェン君!」
と言って、そそくさと出ていってしまった。
恐らく沈黙が気まずくて、適当な嘘をついたんだろう。
…僕は本当に情けないやつだ。父親が情けないなんて、言う資格はないな。
チェンは俯いた。いずれは自分も父親のように、内向的でパッとしない、いつも誰かに詰られるような、そんな人生を歩むのだろうか。
頑張って他人と話そうとしても、いざとなると頭が真っ白になって、何の話題も出てこない。。。
あのお喋り好きで社交的なミシェルでさえ、僕と喋る時は気を遣っているのが分かる。完全に善的な行為として僕に接しているのも知っている。
しかし、それでも、こういう事にすがることでしか、チェンの学校生活は成り立たなかった。ミシェルを自分の話で楽しませたかったが、自分には無理な話だと思った。
チェンは俯いたまま、教科書を開いて勉強を始めているフリをした。
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