第7話 コールドスリープ

 仮想空間「オメガユニバース」では、会議を擬似体験できるように、会議中は長テーブルを船長や副船長が囲むような場面を映し出していた。


 しかし、コズモがこれを見てくれ、と言った次の瞬間にはそのテーブルが消え、代わりに大きなカプセルのようなものをみんなで囲んでいるような場面となった。コズモのホスト権限で可能なことだった。


「ん?これは、離着陸の際に入るポッドですか。」


『フェニックス』のキルケ・ゴールド船長が、何でこんなものを、と不思議がった。


「察しの通りです。このポッドは、頑丈に作られていて、有事の際の避難場所としても利用されています。」


「そうでしょうな。我々のポッドの設計も似たようなものですし。それで、これが先ほどの話と何の関係が…?」


「我々は、このポッドに改良を加えて、再生医療をポッドに入りながら出来るようにしております。ポッドに入って呼吸のできる活性酸素水に浸かっているだけで若返るように。」


「…まあ、若返り技術をどこで使おうが別に制限があるわけでもないですからな…それにしても、話が見えてきませんな。」


 皆がコズモとキルケの会話を黙って聞いている。


「ええ…実はですね、このポッドで再生医療を受けている間、受療者はずっと昏睡状態になるのですよ。要は、眠っているような状態ですね。」


「はあ…?」


 キルケは間抜けな返事をしたが、コズモの意図を最初に読み取ったのは、『ブラック・イージス』の船長、ホッパー・ペッパーだった。


「あ、ああ、そ、そういうことでしたか。昏睡状態の人間はほとんど無駄なエネルギーを消費しない。最低限の生命活動を行う分のエネルギーがあれば良い。これならば、何倍も人間の消費するエネルギーの総量を減らせる、と。」


 このホッパー・ペッパーの言葉にコズモがニヤリとする。


 それと同時に、『バルト』のシゲキ・アオツキ船長にも全体像が見えてきたようだ。


「ま、まさか、コズモ船長!?そのポッドに皆で入って、エネルギーを節約しながら300光年旅行しよう、とか言うんじゃないでしょうね!?」


「また、『まさか』と言われたな…そして、答えは同じ、その『まさか』だ。」


「狂ってる!そんなこと出来るわけないじゃないか!」


 キルケ船長が両手を大きく広げた。


 ステラがキっと睨みつける。


「コズモ船長、この世迷言とも取れるようなアイデア、ちゃんと科学的根拠があって言っているのか!?」


『ノースウインド』のプリン船長も流石にクールを装いきれずにいた。


「ある!!」


 コズモは鶴の一声も霞むような迫力のある声で言い切った。


 船長と副船長の全員がハトが豆鉄砲を喰らったようにキョトンとする。


「今の我々の技術を結集させれば、可能なアイデアだ。反物質エンジンの設計は船により少し異なるだろうが、各船はこの最新型の粒子加速器を取り付けるに十分な大きさがあり、電磁場装置も備わっている。長い年数をかけて加速すれば船への負担は少ない。よく検討してみてくれ。まだ最終設計の段階ではないが、極力安全に配慮した設計になっているはずだ。」


 コズモは一人一人と目を合わせながら喋る。


「そして、コールドスリープ機能だが、オムニ・ジェネシスで試算された場合、だと、通常での七百年分のエネルギー備蓄があれば、三万年を生き延びることができる。そして、再生医療技術用のポッドは三万年間、朽ちることがないようにAIに管理させることが可能だ。船そのものも。全ては、これまでの技術を結集させれば可能なこと。再生医療技術を制御すれば、我々は生きて辿り着くことができる!」


「…………………」


 皆が言葉を失っていた。理屈もわかるし、ある程度は納得できる。


 しかし、SFファンタジーの設定でも聞かされているような非現実感はどうしても抜けなかった。


「細かい設計はまだ完成してはいないが、この案の概要を分かってもらえたでしょうか。そもそも、もし本当にスーパーフレアが起こるとすれば、我々にあまり多くの選択肢はない。本当にスーパーフレアが起こるのかどうかの確率は五分五分と言えるかもしれませんが、それも次の十年ほどで明らかになるでしょう。それから準備を始めても、もう遅いのです。少なくとも、我々はこの二十年でこの計画を実行に移せるように準備をするべきです。」


 皆が黙っていたところ、『バルト』のシゲキ船長がかろうじて言葉を絞る。


「ま、まだ、気持ちの整理がついていませんが……その反物質エンジンの設計と、コールドスリープに関する研究資料、あるいはこの計画に関するあらゆる情報を、提供して、いただけます…か?」


 コズモは大きく頷く。


「もちろん、『バルト』の技術力にも期待しています。この計画は、皆様の協力がないと達成不可能です。相当なエネルギーの備蓄も必要となることでしょう。」


 皆がフレアの恐怖に怯える中、誰もこの計画には真っ向から反対はしなかったが、みんな渋々と資料を受け取り、この場は解散となった。






 第8話『怪しい船長』へと続く


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