第8話 怪しい船長
オムニ歴86年7月14日
再び、船主を集めた会議が行われた。
今回の会議を招集したのは、『ブラック・イージス』であったが、議会のホスト名は船長であるはずのホッパー・ペッパーではなかった。
➖G.G.バターマン
聞きなれない名前に各船の船長たちは何事かと 『ブラック・イージス』へ通信を送ったが、返事はいつも「会議の場で全てを明らかにする」であった。
各々の船長が仮想現実空間「オメガユニバース」内の会議席に座ると、最後に『ブラック・イージス』の船長席に見慣れない男が腰を掛ける。
ホッパー・ペッパーではない。
船長として座った男は顔の掘りが深く、頬が痩けていて目はギラギラとしていた。そしてその隣には、目が細く吊り上がっていて少々顔色の悪そうな男が立っている。
コズモをはじめとした各船長と副船長は、その新しい船長と副船長とやらを凝視する。
「皆様、初めまして。私はつい一週間ほど前に新しく『ブラック・イージス』船長へと就任した、G.G.バターマンと申します。そして隣に立つは、同じく一週間ほど前に新しく就任した副船長、ソル・キヌガワと言います。」
「船長のホッパー・ペッパーはどうした?」
コズモや他の船長はなまじ長くリーダーを続けてはいない。人を見る目はそれなりに確かだ。
このバターマンという男、一目見て信用できない男だと各船長は直感した。
「元船長ですか。彼は退任しました。今や、『ブラック・イージス』全ての権限は私のところにあります。」
「そんな話、誰も聞いてないぞ。そもそも、退任するならホッパー船長から何らかの連絡があるはずだ。」
「ホッパー元船長ですよ、コズモ船長。」
G .G.バターマンは不適な笑みを浮かべる。
「ホッパー船長はどうしたのだ、と聞いている。船長が変わるにしろ、見知らぬ貴方からではなく、彼の方から何が起こったのかを聞きたい。」
頑にホッパーを船長と呼ぶコズモにバターマンは口元を歪める。
「一つお断りしておくが、『ブラック・イージス』は独立した船であって、『オムニ・ジェネシス』の所有物などではない。従って、『ブラック・イージス』の中で何が起ころうが、本来は報告義務などはない。まあ、もっとも、腰巾着のような船があるから、勘違いしてしまうのも分かる気はしますがねぇ。」
そういうとバターマンはニンマリとした視線を『バルト』のシゲキ船長へと送る。
「…フッ」
鼻で笑う音がこだまする。プリンだった。
「プリン船長、何かありますかな…」
バターマンは口元に笑みを浮かべながらも、目は笑ってはいなかった。
「いや、なに、すまん。気に障ったのなら謝る。仮にも船長を名乗る男が小童のような挑発をすることもあるのだな、と思っただけの話だ。」
バターマンは一瞬顔を引き攣らせるが、すぐにまた不敵な笑みを浮かべ始める。
「さっきの質問に一つだけお答えしておきましょうか。ホッパー船長は非人道的行為、集団殺害を企てたとして船内で裁かれ、今は幽閉中の身ですので、ここにお連れすることはできません。」
「「「「!?」」」」
船長全員の間で動揺が走る。
「バターマンとやら、一体何の話をしているのだ。ホッパー船長は虫をも殺せないような男だぞ。第一、そのような大混乱を産むような事態を、彼が引き起こそうとする訳がない!」
バルトの船長のシゲキは心底理解できないといった様子だ。これに関しては、他の船長も同じ意見だ。
「『ハルモニア移住計画 コールドスリープ集団停止措置 人間エネルギー化仕様』…」
バターマンがその言葉を口にすると、会議の場には動揺が見られた。
三百光年先にある新惑星のことは世間一般に公表し、名前も「ハルモニア」で決定していた。スーパーフレアの危険性を理解してもらい、反物質エンジンとコールドスリープを利用して新惑星まで旅発つ計画があることも公表している。
むしろ、長年宇宙を旅をしていた人類にとって大地は憧れであり、新惑星への期待が高まり、ほぼ全ての人間がこの計画に多いに賛成していた。
しかし、バターマンが放った一言…「コールドスリープ集団停止措置」と「人間エネルギー化仕様」は秘匿されている情報だ。
これは、万が一三百光年の旅の過程で船内のエネルギーが足りなくなった時、エネルギー節約のため、一部の人間のコールドスリープを停止し、停止された人間をエネルギーとして再利用するという計画である。
恐ろしい計画ではある、だが、やらないと全滅する。苦渋の選択としての最終手段であった。
この計画を立案したのが、ホッパー・ペッパーであった。
ホッパーは臆病な様子の人間であったが、優秀なエンジニアである。
この六隻全てが反物質エンジンを利用し三百光年先まで旅をする場合の総エネルギー量と、スーパーフレアが起こる前までにそれぞれの船が貯め込める潜在的エネルギー量を天秤にかけ、若干足りなくなるのではという懸念を指摘していた。
彼の計算だと、三割ほど人間を間引かなければ、到達するのは難しいということだ。
しかし同時に、旅の途中には多くの隕石存在し、エネルギー資源に巡り合う可能性も高いとしていて、その場合はこの心配は杞憂に終わる、とも話している。
ならば、必要に応じて人間を間引けば良い、という考えが、コールドスリープ集団停止措置による、人間エネルギー化という計画の概要に繋がった。
犯罪者や社会不適合者、はたまたエネルギー使用率の高い身体が大きい人間から徐々に、と。
しかし、秘匿されていた内容をなぜバターマンが知りえたのか。
「ホッパー元船長のお友達のあなた方は知らないかもしれませんが、『ブラック・イージス』は多種の民族が乗り込んでおりまして、一部の民族には、それは根深い確執がありましてね。ホッパー元船長の属する民族は、我々ヴィタラの民をそれはそれは嫌っておりまして。」
バターマンの目に怪しい光が灯る。
「いつか卑怯な手を使って我々ヴィタラを根絶やしにしてくるだろうと、政府にはスパイを送っていたのですが、このスパイが良い仕事をしてくれました。ホッパーはこの計画を利用して、我々ヴィタラの民を合法的に根絶やしにしようと考えていたのでしょう。どうです?これが、ホッパー船長が投獄されている理由です。」
不気味な表情で語り続けるバターマンを、船長たちは渋い顔でみている。
「一つ…言わせてもらおうか。」
『ノースウインド』船長のプリンが眉間にしわを寄せながら口を挟んだ。
「私は、元々あのおどおどした様子のホッパーという男は好きではない。船長として互いに尊重し合わなければいけない間柄なので合わせてはいたが、そもそも船長としては頼りないのではないのか、とも思っていたぐらいだ。」
プリンの言葉にバターマンが、そうだろうというような表情を見せ始める。
「しかし…船長としての資質に関しては、話は別だ。彼は優れた洞察力を持っている。そしてエンジニアとしても優秀だ。彼が船長として選ばれ、そして長年それが変わってこなかった理由が分かる。どこの馬の骨とも分からないような奴が簡単に取って代わっても、上手くいく訳がない。」
バターマンは唐突に不機嫌そうになり、プリン船長を睨みつける。
「もう一つ付け加えておこう。私はホッパーのようにおどおどした男を好きではないが、虫唾が走るほど嫌いというわけではない。今、私の身体に虫唾が走っているのは、人類の生き残りをかけた大博打に民族間の争い事を持ち出して被害妄想を膨らませ歪み切った気味の悪い顔をした船長席の盗人だ!」
「被害妄想だと!?」
バターマンが大声で吠える。
「ホッパーの計画には、そのヴィタラの民とやらを最初に殺せと書いてあったのか。」
バターマンの反論を遮るようにプリン船長は続ける。
「いや、それは…」
「いいか!ホッパーはビクビクしているような男ではあったが、同時に民族間の争いを憂いていた男だ。いつか解消されれば、と彼は民族間争いの解決に歩み寄っていたはずだ。お前のところのスパイが何を見てきたのか知らんが、知ったような口をきくんじゃない、小僧!」
プリン船長のよく通る声が会議室に響き渡った。
第9話『ブラック・イージス脱退』へと続く
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