第6話 反物質エンジン

 −オムニ歴83年6月7日


 六船長会議の場は重苦しい雰囲気に包まれていた。


 黒い太陽…


 これではまるで、終焉に向かうために今を生きているようなものではないか。


 無論、人間は永遠には生きられない。しかし…


 繋いできた命が、


 託されてきた思いが、


 逆らい続けてきた運命が、


 まるで宇宙からすればチリにも等しい取るに足らんことだと言わんばかりに無慈悲に奪われてしまうのかもしれない、とでも言うのか!?


「コズモ船長、この黒い太陽の話、どのぐらい確実なものなのですか。」


『バルト』の船長、シゲキが重苦しい雰囲気の中で口を開ける。


「五分五分、としか…全ての太陽のコロナの状態と磁力線の活動推移を把握できるわけではないということもあり、この程度でしか。」


『それは確実に起きる』と言い切った教皇チェンの言葉がコズモの頭をよぎる。


「対策はあるのか?」


『ノースウインド』の船長、プリンの眼光は相変わらず鋭い。


「…あります。」


 コズモは少し躊躇いながらボソリと呟く。


 皆が一斉に顔をあげる。


「そ、そんな考えがあるならば、早く言ってください。」


『ブラック・イージス』の船長、ホッパー・ペッパーは声を震わせながら訴えた。


「う、うむ、これは、少し突拍子もない解決策となりますが…しかし、演算したところ、この太陽系に留まるよりも生き残れる可能性が高い、と出まして。」


「ちょっと待て、、とはどういう意味だ?」


『ノースウインド』のプリン船長が目を見開く。


「そのままの意味です…こちらをご覧ください。」


 コズモは船長たちに映像データを送信した。真ん中には、色鮮やかな惑星が見える。


「はくちょう座の方向、約三百光年先に存在する惑星です。」


 コズモは各船長の様子を見ていたが、各船長はとても驚いているようだった。


「これは、本当に存在する星ですか?こんなにカラフルな美しい星が…」


 シゲキが感嘆の声を漏らした。


「はい、そしてこの惑星は、地球の環境に類似しており、高い可能性で人間が住める国です。」


 この言葉に、皆がバッと顔をコスモへと向ける。


「おいおい、まさか、ここに逃げましょう、とか言うんじゃないだろうな。」


『フェニックス』船長、キルケ・ゴールドが苦笑いをする。


「…その、まさか、です。」


 各船長は互いの顔を見合わせながら、互いに口元を緩めて首を振っている。


「あの、コズモ船長、重々にご存じなつもりだとは思いますが、あえて言わせていただきます。300光年と簡単に言いますが、我々の今の技術だと、1光年進むのだって1万年ぐらいはかかりますよ。いや、そもそも、そんなに長く持つエネルギー源が宇宙空間にはありません。300AUなどとは訳が違います。いや、むしろ、今から150AUぐらい離れよう、の方がまだ現実的ではないかと…?」


『クルーガーランド』の船長、ジライヤは相変わらずの苦笑いを浮かべながら講釈を垂れる。


「もちろん、核融合などを利用して、などとは言わん。利用するのは、反物質エンジンだ。」


 皆の表情が一気に固まる。


「コ、コズモ船長!反物質の生成は大量のエネルギーを消費すれば可能です。しかし、反物質の大量生産とそれをエンジンとして利用する際の危険性については昔検討されていた事柄ではないですか。反物質エンジンは禁忌にする、と言っていたのは、まさに貴方の船、オムニ・ジェネシスではないですか!」


 ジライヤは、気が狂ってしまったのですが、と言いかけたが、辞めておいた。


 扱いを間違えれば、船が大爆発し消滅してしまうほどのエネルギーを生む反物質。そのくせ半年も保存が効かないのですぐに消費しなくてはいけなく、効率的なエネルギー生成手段とみなされてさえもいなかった。


「それに、三百光年も進むための加速をするなら、一体何キロぐらいの反物質が必要となるのですか?半年もすれば消滅してしまう反物質を、短い期間で大量に作る方法がないでしょう。」


「巨大な粒子加速機の設計がある…みてくれ。」


 コズモから、粒子加速機の設計データが送られてくる。粒子の加速に使われる電磁場の生成方法が、これまでの概念を打ち破るような、画期的な装置であることは一目瞭然であった。


「こ、こんなものを内緒で作ろうとしていたのですか!?」


「ここ一週間で作られた物だ。『ミズナ』が九割の設計を担当したようだが。」


「これを、AIが…!?しかし、根本になる考え方はどこから?」


『バルト』のシゲキ船長も元は宇宙工学のエンジニアである。設計したものが何なのか、分かったようである。


「それは、ある有能な学者が提唱した、とだけでも言っておきましょう。」


(宗教家が夢で見た、などとは死んでも言えん。)


「…信じられん、確かにこれなら可能だ。反物質を半年以内で一気に生成できる。爆発的なエネルギーを求めるなら、これほど良い設計はない。」


 シゲキ船長は目を見張った。


「しかし、この設計。この爆発力は、エンジンとして利用する以外は役に立たないですよ。エネルギーの生成が爆発的すぎて、加速機に利用するにも瞬間的にしかエネルギーを供給できずに循環させることができない。つまり、長く日常生活を維持するようなエネルギーとしても向いていない。向かっている最中で、我々はみんな餓死してしまいますよ。」


 シゲキの言葉に、コズモ以外の船長たちは首を縦に振っている。


「約三万年…反物質エンジンを利用してこの惑星に辿り着くまでの期間の長さのシミュレーションです。なんの弊害もなく直線的に進めば一万年とかからないのですが、なんせスピードが速いのでほんのちょっと何かに当たっただけで軌道がずれてしまい、大きな距離的ロスになる。恒星が近くにないせいで観測できない見えない大型隕石の存在の可能性もあり、このスピードならば大抵の隕石は豆腐のようなものだが、避けるべき隕石や宇宙デブリもあると試算されている…」


 コズモは静かに語る。


『フェニックス』のキルケ船長が、もう我慢ならないといった様子で顔を摩り始める。


「ええっとですね!三万年というのは、確かに一光年一万年に比べたら、遥かにマシでしょう。宇宙でレースをするなら、オムニ・ジェネシスが一等賞だ。それで満足ですか?それで、我々は果たして三万年も生きてそのレースの終わりを見れますかね?ああ、そうか、細胞活性技術がありますから、生きられなくもないかもしれないですね。でも、全く何もない宇宙空間で、どうやって三万年、食べ続けて行くのですか!?」


「何もない…わけではない。」


「はい!?」


「もう一つの案が既に完成しています。」


 コズモは、反物質エンジンとは別の、もう一つ別の策がある、と言い、仮想現実世界の設定をいじくり始めた。






 第7話『コールドスリープ』へと続く


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