第20話 父との記憶(水菜の追憶③)

水菜はザビッツ帝国領の小さな島で生まれた。

父親はエンジニア、母親は教師だった。


島ではレアメタルが産出されていたらしく、父親は採掘プロジェクトのプロジェクトリーダーでもあった。


幼き日の水菜は、ガレージで機械をいじっている父親によくついていき、父親があれこれ喋っているのをよく聞いていた。


翌る日、まだ7歳だった水菜は、機械に煙玉を仕込んで、父親が作業に入る瞬間にポンっと弾けさせた。


この頃には、島暮らしで退屈だったということもあり、すっかり大人相手にイタズラばかりする子供に成長していた。


「うわわわわ!!」


ローレンは煙玉にびっくりして、思わず尻餅をついた。

キャ、キャ、キャ、と水菜は喜んだ。


「こら!」と怒られて、父親が追いかけてくるだろうと思って「キャーっ」と言いながら走って逃げる心の準備をしていたら、父親は何も言わずに煙玉を物珍しそうに見つめ、「これ、みーちゃんが作ったのかい?」と聞いてきたので、拍子抜けしたが、「うん!」と答えた。


その夜、父親は母親に興奮した様子であれこれと、うちの子供は凄い子だぞ、と息巻いていた。


10歳になる頃には頭の良い水菜は島中にいる数少ない子供たちのガキ大将になっていて、よく子供達を引き連れて島中で遊んでいた。


しかし、そんな楽しい日々はずっと続くわけではなかった…

ロイドア連邦とザビッツ帝国の間で戦争が始まった。

事の発端はザビッツ帝国が領土問題のある地域に軍を侵攻させ占拠したことであった。


そして水菜が11歳の時、父親の元に、身なりの良いおじさんたちが足を運んできて、何やら話し合っているのを、水菜は隠れて聞いていた。


「…そうか、戦火はもうこんな島にまで。」


「ローレン殿、力を貸してくださらんか。クワプショ(ザビッツ帝国の都市の一つ)まで来てくれれば、家族も優待遇でお迎えします。あそこにはザビッツ大学附属クワプショ校舎もあり、もちろん、ご息女は無償で通うことができます。」


ザビッツ大学附属校は、どこの校舎もエスカレーターでザビッツ大学までいけるという名門校で、本来ならば目から火が出るほど学費が高い学校だ。


「う、うむ…しかし私は戦争に加担したくは…」


「ローレン殿!現状、ザビッツ帝国の戦況は五分五分と表向きは流れていますが、実はそうでもありません。奴らは侵攻エリアを着々と拡大していっています。レアメタルが産出されるこの島も、もう奴らのターゲットになり得るほどです。このままいけば、そう遠くない未来でこの島は戦場となる事でしょう。先手を打ち、奴らを押し戻せる切り札が必要となります。どうか、ご英断を。」


ローレンは妻のアユをチラリと見る。妻は心配そうにこの状況を見つめている。


「…分かりました、この話、受けましょう。」


こうしてのマチャコフ・ローレンは、兵器開発のエンジニアとして、帝国政府に雇われたのだった。


水菜はザビッツ大学附属クワプショ校舎に編入する。

新しい学校では、水菜は益々頭角を現したが、田舎者の水菜は少し浮いた存在になっていた。


学費が高く、権力とズブズブのこの学校は、貴族やら富裕層の集まりで、田舎者の水菜が優秀な成績を収めることに大いに嫉妬し、ありとあらゆる方法を使って水菜のことを下げようと目論んできた。


水菜はそんなことに臆せず真っ向からやり合っていたが、数少ない貧乏人特待生の友達たちにまで被害が及ぶ事がわかると、やり合わずに優秀な成績も隠すようになった。


そして、水菜が中学生になった頃には父親は毎晩夜遅くに帰ってくるようになり、2年生になる頃には週に一回ぐらいしか帰ってこなくなった。


疲れてやつれきった父親をみていると気が滅入りそうだった水菜は、父親が帰ってきたタイミングで書斎に煙玉を仕込んでイタズラを図り、元気を出させようとした。


煙玉に、父親はビクッと反応しただけだった。


そして、怒りを露わにした表情で煙玉の容器を手に水菜の目の前まで来ると、それを思い切り水菜に投げつけた。水菜はヒッと言って咄嗟に手で顔を覆う。


「いつまでこんな事をしているんだ!ふざけたことするな!俺は疲れてるんだ!!」


ショックを受けた水菜の目からは涙がこぼれ落ち、「ご、ごめんなさい…」と謝り、フラフラと自分の部屋へ戻っていった。


それ以来、父親は常にイライラしていた。たまに母親と口論になったかと思うと、バタン、ドタン、と音が聞こえてくる。母親の悲鳴も聞こえてきた。


水菜は耳を塞いで聞いてないふりをした。


そして戦争が終わった。


しかし、水菜の父親は、帰ってこなかった…


父親は戦犯として捕まり…母親は、昼はありとあらゆる手を尽くして父親の解放を求め署名活動までしていて、夜はただただ泣いていた。


この頃から学校の貴族の子供たちも、水菜の父親の存在を知り、水菜に冷たく当たるようになっていったが、もはや水菜はそんなことはどうでも良かった。


母親と一緒になって、父親を助けるために動いたが、戦後まもなく父親は処刑された。水菜、15歳の時の出来事だった。


水菜の特待生制度は無くなったが、母親は学費を全額支払い、水菜は高校に在籍できることになった。このままいけば、ザビッツ大学まで進学できる。


水菜はしばらく荒れていたが、母親が水菜の行末を心底心配しているようで、後ろめたかったので、真面目に高校には通うことにした。


本当は大学などどうでも良かったが、母親の気持ちを蔑ろにしないために、最低限の成績は取っておくことにした。


貴族連中の嫉妬は良い迷惑なので、仲間たちと楽しく過ごせれば良いと、そう考えて、好きに、自由に、生きていくことにした。


そこにきて、この卒業間近、ヒューズと名乗る者が水菜をスカウトしに来る。


(誰が、父親を狂わせた戦争狂たちと働くものか!)


水菜は目の前に見えたゴミ箱を蹴り飛ばした。





第21話 『別れ(水菜の追憶④)』へと続く








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