第19話 スカウト(水菜の追憶 ②)
戦後、ザビッツ帝国は戦勝国であるロイドア連邦に解体され、ただのザビッツになり、世間ではロイドア連邦ザビッツ領と揶揄された。
新大統領が見直しを図りだいぶ緩和されたが、戦後直後に締結された様々な不平等条約により、多くのザビッツ国民は貧困に苦しんでいた。
校長先生の様子を見る限り、ロイドア連邦の上級国民であろうこのヒューズの一言で、ザビッツの学校など、その格式に関係なくどうとにでもされてしまうのだろう。
この穏やかそうな男は、自分が名乗ったことで水菜がどう反応するのかを観察しているかのようだった。
「それで、水菜さん、私がここに来たのは…」
「父を殺した人たちに、話すことなどありません。」
水菜は下を向いたままで、表情は見えない。
「こ、こら、何てことを言うんだ!!」
動揺した校長が声を張り上げたが、ヒューズが手をかざして制す。
「マチャコフさん…あなたのお父さんの件は、お気の毒であったと言わざるを得ません。優秀なエンジニアであったがゆえに…」
ザビッツ帝国空母『神の鉄槌』開発局の局長であり、水菜の父であるマチャコフ・ローレンは、大量殺戮兵器開発を主導した人物としてA級戦犯扱いとなり、戦後間も無く処刑された。
「…何を話に来たのかは知りませんが、あなたと話すことはありません。」
校長はハンカチで汗を拭いながら、心底不安そうな顔をしている。
「いい加減にしないか…!」
下を向いて目も合わせようとしない水菜に、校長は歯に物が詰まったような言い方で怒りを露わにしたが、ヒューズが、今度は校長を睨みつけて牽制するので、蛇に睨まれた蛙のごとく校長は押し黙った。
「これは、随分と嫌われてしまっているようですね…水菜さん、信じてくれとはい言いませんが、私はあなたのお父さんとは、生前、いえ、それこそ戦争が始まる前からの友人でした。あなたのお父さんに、娘のことを何かと気にかけてくれ、と言われていたのです。」
「……………」
「前の大統領の時はいくら処刑に反対しても聞き入れてもらえずに、挙げ句の果てに私も投獄され、その隙に刑は執行されてしまいました。もう少し、コズモ大統領が早く就任されていれば…ロイドア連邦は少しずつ変わりつつあるのです。あなたも…」
「………………」
「獄中のあなたの父は、多くの死をもたらした大量殺戮兵器の製造と、そして何より、苛立ちから家族に手を挙げたことを…後悔されていました。」
水菜は僅かに身震いをした。
「知ったことを…言うな。」
父親は常に優しかった…戦争が変えてしまったのだ。
手を挙げられたことなど、なんとも思っていない。
生きて帰って来てくれてさえいれば…
「………困っている事など、ありません。」
水菜は相変わらず下を向いたままだ。
校長はハラハラと様子を見ている。
−ここで私がこの人物の機嫌を著しく損ねれば、学校には多大な迷惑がかかることだろう。
校長だけではなく、経営陣、教師陣、はたまた学校そのものが排斥されるかもしれない。
聡い水菜は重々とこれを承知していたが、戦争で頭がおかしくなってしまった父親の記憶が蘇り、17歳は迸る感情を抑え込むことができない。
しばしの沈黙が流れた。
ヒューズはただ水菜の様子を穏やかな目で見つめているだけだ。
「……君さえ、良ければでいいのだが。」
ヒューズはスーツの胸ポケットから一枚の封筒を取り出す。
「この封筒には君をロイドア連邦技術科学省直属機関『ROFTS』(Roidoa Federation Technology and Science )の研究員として迎えるための招待状が入っている。コズモ大統領の署名もいただいている。私の推薦ならば、君は間違いなく我が国の最高水準の研究所で働くことができる。君のお母さんにも、十分裕福な暮らしができるぐらいの仕送りも可能になる。」
ヒューズはそれをゆっくりと、丁寧に水菜の目に映るようにテーブルに置く。
「それに、これは君のお父さんに頼まれたからだけじゃない。君は既にその歳でロイドア大学の院生たちよりもよほど優秀であることが、私には分かりました。一科学者として、君の才能を埋もれさせることも忍びないと考えている。」
「………」
「返事は後日で構いません。またあなたの卒業前に来ることにします。良い返事が聞けることを期待します。」
ヒューズはそう言うとソファから立ち上がり、校長に丁寧な挨拶をして出ていった。
校長はその後、こんな良い機会はないだとか、最高の待遇だと言って水菜を説得しようと試みたが、あまり効いていなさそうであった。全ての悪戯を不問とする、という言葉にも全く反応を示さなかったので、流石に校長も説得は諦めたようだ。
水菜は一通り聞いた後、失礼しますとだけ言って、その場を後にした。
第20話『父との記憶(水菜の追憶②)』へと続く
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