第21話 別れ(水菜の追憶④)
瞬く間に、水菜がROFTSに招待されたという話は学校中の噂話になっていた。
どうやら校長は水菜を説得するように何人かの生徒に説得するよう頼んだらしい。
余計なお世話だ、と水菜は毒づいた。
−なんであいつが!?何かの間違いだろ。
−あいつ、やっぱりちょっと特別だったのかよ。
−ROFTSってめちゃ給料高いんでしょ〜!?しかもコネが半端ないわよね〜。今のうちにお友達になっておこうかしら。。。
様々な思惑が飛ぶ中、水菜はクラスメートから質問攻めに合う。
いつ行くんだだの、給料いくらだの、どこに住むのか、だの…水菜は答えをはぐらかしながら、苦笑いで切り抜けていた。
唯一良いことがあったと言えば、普段から何かと偉そうな態度をとっていた貴族の子供連中が嫉妬でヤキモキしていたことだ。
敗戦後、ロイドア連邦のペットになって商売をしてお金を持っているだけ、という立ち位置で、何を偉そうに、と水菜はいつも冷ややかな目で見ていただけに、この部分はスカッとしたのだった。
しかし、同級生たちの好奇心は止まらない。
「山田の話だと、あなたがイタズラで作った機械が認められたって…」
−なんちゅうデマの拡散だ…山田のやつめ、全ての恩を仇で返しやがって。
「水菜、こっちこっち!ああ、ごめんね〜、大事な用事があるのよ〜〜。」
親友のモチモチが水菜の手を引き人気の無い屋上まで連れ出してくれたお陰で、なんとか逃げ出すことができた。
水菜にとっては一番頼りになるモチモチの小さな手。身長の低い水菜よりもさらにちょっと小さい、とても頼りになる友達だ。
特待生の一人で、貴族の子らとは違う。
水菜が入学して間も無く、田舎者で浮いていた水菜ともすぐに友達になってくれて、いつも一緒にいてくれた、唯一無二の友だった。
屋上では、モチモチのウェーブのかかった紫の髪が太陽光を反射してキラキラと光っていた。そんなモチモチを、水菜はボーっと見つめる。
「それで、どうするの?」
モチモチがボソッと呟く。
「どうって…あんな連中のところへなんて!」
「受けなよ!!」
珍しく、モチモチが語気を強めた。
水菜は驚いて、ビクッと固まってしまった。モチモチのこんな大声、聞いたこともない。
それ以上に驚いたのが、モチモチもロイドア連邦には少なからずとも恨みがあるはずなのだ。
モチモチは、戦時中に両親ともに亡くしている。
戦時中に行方不明になった父親を探してロイドア国境付近まで来た母親は拉致され、娼婦として働かされた後、現地で客に殺され非業の死を遂げていたという。父親はとっくに戦死していたようだ。
そして今は、祖父に預けられているとのことだった。
モチモチはキラキラとした強い目を水菜の方へと向ける。
「あなたには才能があるのだから、恨みや憎しみに囚われて、それを無駄にするべきじゃない。」
「あ……」
水菜は言葉を失う。そんな…そんな、割り切れるものなのか…
モチモチは水菜を優しく抱きしめる。
「私の大切な友達。あなたには、大きな未来を掴んで欲しい。大丈夫、あなたなら、何でも乗り越えられるわ。」
「あ…う、うう…」
水菜自身も何故かはわからないが、目に涙が溢れ始める。
ただただ、この小さな身体は、私のことを本当に思ってくれているのだろう、ということだけがハッキリと伝わった。
そして、水菜もモチモチを強く抱きしめ返した。
「うん…分かったよ、モチモチ。」
涙声のそれを、モチモチは黙って聞きながら、水菜の背中をポンポンと叩いていた。
その翌日、水菜は正式にオファーを受けることをヒューズに打診した。
三ヶ月後の卒業式の日、水菜は主席として(ロイドア連邦に行くことが決まってから急に主席になった)卒業スピーチをすることになった。
友への感謝を綴る手短なスピーチだったが、それを聞いてくれるはずのモチモチの姿は見当たらなかった。
その日にモチモチの家を尋ねたが、既にもぬけの殻だった。
後で知ったことだが、祖父が多額の借金をしていたせいで、卒業式の前日に家族で夜逃げをしたのだとか…
−なんで、なんで、なんで、素敵なあなたがこんな目に…?
一言、水菜がヒューズに言えば、借金なんて帳消しだったかもしれない。
それなのに…
水菜はやり切れない気持ちを抱えながら、数日後にはロイドア連邦へと旅立っていった。
『あなたには才能があるのだから、恨みや憎しみに囚われて、無駄にするべきじゃない。』
モチモチの言葉が蘇る。
−渦中の真っ只中であんな風に人の背中を押すことができるだろうか…私には、到底無理だ…
行方がしれなくなった友を想い、列車の中で一人泣いた。
そして、友が押してくれた背中、絶対に、引くことはないようにしよう、と決意を新たにしたのであった。
第22話『媚びを売りにきたんじゃあありません!(水菜の追憶⑤)』へと続く。
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