第8話 カタストロフィの夢
チェンがこの夢を見た時は信じられなかった。
いくら何でも、こんな事が起こるわけがない…
世界は業火に焼かれ、人類は絶滅した。
―この夢は、現実になるのだろうか…
チェンは、次々と訪れる悪夢の連続に疲弊しきっていた。
神様は、僕に何をして欲しいんだ?
何で僕にこんなものを見せるんだ?
なんで僕だけが、こんな思いをしなくちゃいけないんだ?
それでもチェンには妙な確信があった。
この夢は、必ず現実のものとなる。
今まで自分がやってきた事は、全てが無駄だったのか…?
いや、自分の人生が、みんなの人生が、全ての人類の歴史が無駄だったというのか?
この終焉の様子は、そう思わせるほど全てを燃やし尽くしていた。
その夢を観て以来、チェンは学校に行かなくなる。いや、正確に言うと、行ったふりをしてサボっていた。
それでもミシェルが気になるので、朝に学校を出るふりをして、ミシェルの下校ルートで、ボーッとして時間を過ごした。
(こんなことをしたって、すべてが無駄なことなのに…)
チェンはそんな事を考えながら、ミシェルの下校を確認する。
どうやら、ミシェルは近くに住んでいる友達ら数人と仲良くなったのか、毎日その友達らと一緒に下校しているようで、チェンの心配は杞憂だったことが証明された。
―良かった…
いずれ全てが消え去る世界でも、せめて最後の瞬間まで幸せに生きる権利は誰にだってあるじゃないか。
不思議としばらくの間、チェンの不登校は母親にバレなかった。
学校もチェンがいてもいなくてもどうでも良かったのだろうか。大そうな剣幕で学校に乗り込んだ母親を先生たちはさぞかしウザったいと思ったことだろう。
チェンはいつも通りの時間に帰り、マックミラーとのセッションで自分が見た夢の話をする。
マックミラーは渋い顔をして、頭を整理すると言って早々に帰ってしまった。
チェンはマックミラーの事を疑っていた。世界の終焉が近づいているというのに、マックミラーの動揺はそれほど大したことはないように思われた。
そもそも本当にチェンの事を信じているなら、なぜいつもあんなに焦らないでいられるのだろうか。
チェンは学校に行くふりをして朝出ると、昼頃になってマックミラーの事務所を訪ねた。
事務所に着くと、アシスタントと思われる女性に中に通される。
マックミラーは外出中だから、そこで待っていろと言われる。
マックミラーにメッセージを送っているようだが、返事がないという。
チェンがマックミラーの部屋を窓越しに覗くと、コンピューターの画面が開いたままで丸見えだった。そして、チェンは信じられないものを見てしまう。
コンピューターの画面で開きっぱなしだったのは、チェンに関するファイルであった。
チェンはかろうじて何が書いてあるのか理解した。
論理性の非結合…現実と夢の世界の区別がつかない
重度の妄想癖…ニュースで見た内容などを事前に知っていたと主張する
反社会的行動…女性を襲う気がある
承認欲求…突拍子もない事を言って注意を惹こうとする
何だこれは!?
これがあの、自分の唯一の理解者だと思っていた人物の自分への評価だと言うのか!?
チェンは突然に怒りが湧いてきた。
そして、黙って事務所を後にする。
母親に言って、マックミラーとのカウンセリングを止めにしよう。それが良い。
チェンは歩きながら、マックミラーの言動を考えていた。
あれもこれも、全部嘘だったのか。
本当は僕のことを狂った人間だと思っていたんだ。僕の言うことを信じているフリをして!
鼻息を荒くしてチェンが家に帰ると、玄関には見慣れた靴が置いてあった。
マックミラーがいる!
チェンは無言で家に入る。一階にはいない、二階か?
二階に登っていくと、喘ぎ声が聞こえてきた。
チェンの頭に、恐ろしいほどの不安がよぎった。
母親の部屋のドアを若干勢いよく開けると、「キャア!」と母親は声を上げて、「うわあ」とマックミラーの声が続いた。二人とも裸だった。
「チェン、あなた、学校は…!?」
チェンは怒りで何も見えなくなった。
「マックミラー!お前はそうやって僕のお母さんに近づくのが目的だったんだな。この大嘘つき!クズめ!すぐに家から出ていけ!」
それを聞いた母親の顔がみるみると怒りの表情に変わっていった。
母親は裸のままチェンのところまで来ると、彼の事を思いっきり殴った。
「この疫病神!お前なんて産まなければ良かった!!あんたなんて、顔も見たくない!」
そう言うと、母親の顔は苦痛に歪んだようにしわくちゃになり、涙を流し始めた。
チェンは殴られた顔を抑えながら部屋に戻り、貯金と着替えを荷造りをして大泣きをして喚いている母親から一刻でも早く逃げようとした。
飛び出す前に、恐らくマックミラー宛に渡すはずだったカウンセリング代がテーブルの上に置いてあったので、それを奪って家を出て行った。
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