第10話 水菜との出会い
チェンは、固まってしまう。
…………!?
この女性に会いに来た、が、いきなりすぎる登場に言葉を失った。
その女性を見た瞬間、チェンの中から色々な物が噴き出してきて、唐突に自分が自分でなくなり、「あ、あああ…」と声にならない声をあげた。
立ち上がり、フラフラと水菜の元へと歩いて、その足にしがみ付き、ブルブルと震えながら泣き始めた。
「お、おい〜、ちょっとお〜。変な子どもっち〜、これでも私、純白清純清楚なレディーなんですけどぉ〜!」
突然しがみついてきたチェンに驚き、水菜はあたふたするが、すぐにチェンの震えが尋常でないことに気づく。
水菜はとりあえず、チェンが少し落ち着くまで待つことにした。
「どう?泣き虫少年?少しは落ち着いたかな?」
震えが止まってきたタイミングは、水菜は優しく声をかけた。
チェンは、いきなり飛びついてしまった事に今更ながらに気づいて、すぐに離れた。
「あ、ご、ごめんなさい!僕、あの…ええっと…」
彼女に会うためにここまで来たのに、どうやって自己紹介しようかとか、そういう事まで考えていなかった。
会って、何をしたいとかもなかった。ただただ、彼女が未来の世界で何か重要な役割を果たすのだろうという漠然な考えがあるだけだった。
水菜はそんなチェンの頭を撫でながら、屈んで目線をチェンのところまで合わせる。
「落ち着いてよ~、焦るべきはむしろ私なんだからさ~。君は誰で、いったい何でこんなところで寝ていたの?」
その問いに、チェンはしどろもどろに答えようとした瞬間、男性の声が聞こえてくる。
「おはようございます、主任!って、何すか〜、その子どもは〜?って、おい、汚いなお前。いや、それに臭いし。ストリートチャイルドか。」
その男はチェンの側まで来ると、大袈裟に鼻を摘んだ。
「おいガキ、ここは個人の所有地で、公共施設じゃないんだぞ。だからここは寝ぐらには出来ないんだ。分かったら、とっとと出ていけ。」
男はシッシッと虫でも追い払うかのような仕草でチェンを邪険に扱う。
チェンは俯いて黙ってしまった。確かに、こんな汚い身なりで、何日も水浴びだってしていない。そういえば、この女性は自分の臭いが気にならなかったのか。
「あのぉ〜、ドーナツくん。私、こんな可哀そうな感じの子どもに冷たい態度を取る副主任なんて嫌だからさ~、この研究所出て行きたい気持ちが出てきちゃったんですけど〜。」
水菜に白い目で見られた男は、「ええ!?」と言って息を飲んだ。
再びチェンに視線を戻した水菜は、一瞬鼻息をフンっと一気に出すと。
「まあ、確かにちょっと臭うから、先にシャワーを浴びようか?」
あ、やっぱり臭かったんだ。
チェンは恥ずかしくなって泣きそうになる。
水菜は苦笑いを浮かべてチェンを建物の中へと連れて行こうとする。
「ええ〜、その汚いガキを研究所に連れていくんすか〜?」
「そうよ、文句ある?」
「いや、文句はないんすけど、何すか、そいつの事知ってるんですか。」
「うん、さっき知り合ったよ。」
「いや、そうじゃなくて…」
ドーナツと呼ばれた男は観念してそれ以上は何も言わず、水菜の後ろをトボトボとついていくチェンの事をうざったそうな目で見ていた。
「ええっと子供用の着替えか〜、ないな〜。あ、でも私のシャツならギリギリ着れるか。ちょっとだけぶかぶかだろうけど。服は洗濯してあげるとして…まあ、下は私の寝巻きなら着れるか。あ、上も寝巻きでいいか。セットで。とりま下着は、無しで…」
水菜はブツブツ言いながら色々と用意をして、チェンをシャワールーム前まで連れていく。
「はーい、じゃあじゃあ、とりあえず綺麗にしてからお話し聞くね!着替えはこれ!私に除いて欲しい男子はいっぱいいるけど、とりあえずここからは一人でね〜。終わったら出てきてさっき入った部屋まで戻って来てね~。」
水菜はそういうと、さっさと部屋に戻ってしまった。
チェンはシャワールームでそれこそ数ヶ月振りにシャワーを浴びた。ホームレスの時は川の水などに服を濡らしてそれで身体を拭くぐらいだった。
とにかく物凄くサッパリして、まるで生まれ変わったような気分になった。
着替えは少しぶかぶかであったが良い匂いがして、もこもこしていて肌触りが良く快適だった。
水菜のいる部屋に戻る頃には、少しだけ眠くなっていた。
「あ、戻ってきたのね。ああ〜ん、けっこう似合ってるじゃ〜ん。見違えちゃったよ。」
水菜は座って何か機械のような物をいじっていた。部屋には他に誰もいなかったが、彼女がいるだけで部屋が賑やかな気がした。
「引くて数多の引っ張りだこ美女のワタシってば、すぐに仕事出なきゃいけないから、ちょっと軽く自己紹介だけ聞いたら仕事に出ちゃうね。は〜い、先ずは私!シルフィ水菜です!ハーフです!乙女座羊年です!もうすぐ三十路の二十九歳!宇宙工学研究所の主任で、情報系エンジニアでもあります。スポーツも得意です!はい、以上!では。こちらから質問です!君は何者でしょうか!」
水菜は作業している手を止めて右手を高らかに挙げてチェンのことをマジマジと見つめ始めた。
チェンは思わず後ずさりした。
―すごい自己紹介だ…自分に出来るかな。
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