第11話 仕事に遅刻してはいけません!

「あ、え、ええっと。チェン…チェン・リーと、言います。」


「なるほど!歳は!?」


「じゅ、十四歳です…」


「なるほど、義務教育クソ喰らえ、ていうボーイね!親は!」


「親は……いません。」


「……………」


ここで水菜のそれまでの勢いが完全に止まる。「ハワワ…」という声が少し聞こえた。


「あ、あの、気にしないでください。僕にとってはもう、どうでも良い事なので…」


そういうと、チェンは母親が最後に言った言葉を思い出し、少し胸が刺される思いをした。


「……ま、まあ、まあ、そうでなければあんな状態じゃないわよね。わ、わかったわ、ヘビーな少年。軽口の化身な私を許してね。」


「いや、本当に、お気になさらなくて大丈夫なんです。何て言うか、気を使われるの、嫌なんで…」


口をあんぐりと開けていた水菜は、顔に手を当ててむにむにと顔を弄り始めて、いつの間にかこのの顔はしわくちゃになっていた。


その表情がひょうきんで、チェンは思わず吹き出してしまった。


それを見て、水菜も吹き出してしまい、突然に抑えが効かなくなって二人とも大声で笑い始めた。


チェンはそれこそ、何年か振りにあんなに笑ったかもしれない。いや、人目を気にする事なく心の底からここまで笑ったのは初めてのことだったかもしれない。


二人が笑い終わった時、水菜は少しニヤついていたように思えた。


「その様子じゃ、少しは元気が出たみたいだね。」


チェンは水菜の顔を見る。


「あなた、あの公園じゃあ、まるで地獄からでも帰って来たような顔だったじゃない。笑顔の方が、はるかに素敵だよ、チェンくん。」


水菜はウインクをする。


そうか、この人は…僕のために。


チェンは、水菜の懐の深さを垣間見た気がした。


「あ、あの、僕…。」


チェンの目からはまた涙が溢れ出てきた。


「ご、ごめんなさい、色んな思いが溢れてきて。」


「そう…」


水菜は何も言わず、チェンが泣き止むまで待っていた。


「あ、そういえば、水菜さん、仕事は?」


チェンがそう言うと、水菜は手元の時計をガバッと見る。


一瞬、水菜さんが化石化したように思えた。


「ありゃりゃりゃ。。。」


唐突に、ブー、ブー、と携帯が鳴る。水菜は携帯の画面を数秒凝視した後、静かにプツっと切って、その後で携帯の電源を切った。


水菜はスピーディに携帯からバッテリーを取り出して、何かに繋ぐ。


すると、そのバッテリーはビャアアアっと音を出し、表に出ている数字がドンドン減っていった。


「よし、残量ゼロ%。」


小声で言ったのが聞こえた。


「あ、これ?一瞬でバッテリー残量をゼロにする機械よ。携帯に出れなかった言い訳をするのに便利よ。」


水菜はそう言いながら親指を突き上げる。


今度はチェンがあんぐりと口を開けていた。

そのためだけに存在する機械なのか…?


「とはいえ!このままサボるわけにはいかん!チェン少年、私の仕事が終わるまで、ここで待っていなさい!あと、そっち向きなさい!」


チェンは言われるがままに後ろを向くと、水菜は高速で着替えていたようで、もういいわよと言われて振り返ると、既に白衣に着替えていた。


「ええっとね、冷蔵庫に入っているのは適当に食べてていいからね。それと、食堂券も冷蔵庫の上にあるから、食堂に食べに行ってもいいよ!鍵はこれ!そういう事です、じゃあまたね〜。」


水菜は嵐のように捲し立て、走り去っていく足音を残しながら職場に向かっていった。










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