第11話 狂い出した歯車

 シゲキはプリンにも聞こえるように、音声をスピーカーモードにして届いた通信を再生する。


 通信先の声は、思いもよらぬ人物だった。


「私の名前はホッパー・ペッパーです。ただ今、『ブラック・イージス』の船長をしております。」


 てっきり船長を名乗るバターマンか、副船長を名乗るソルか、或いはその仲間のいずれかと考えていたが、ここに来て思わぬ人物からの通信である。


 プリンとシゲキが顔を見合わせる。


「船長とは言いましたが、『ブラック・イージス』はただいま危機的状況に陥っており、もはや手遅れであります。あの船のエネルギーは尽きて、人々は餓死するか、凍って死にます。私は、この通信を各船への警告として、そして、『ブラック・イージス』の辿った運命を記録してもらうために送っています。」


 そうしてホッパーは、なぜこのような状況に陥ってしまったのかを語り始めた…



 ______________



 オムに歴98年3月3日


『バルト』が『ブラック・イージス』からの通信を拾う半年ほど前、ブラック・イージスは目的地まで辿り着いて既に十年ほど経過していた。


「出ろ…」


 ホッパーは看守に出るように言われると、久しぶりに牢屋を出た。中にいる最中は外の世界で何が起こっているのか知らなかった。牢屋に入れられている最中に、何度かポッドに入れと命令されたので、いよいよ持って惑星ハルモニアを目指すのかと思ったが、コールドスリープが短すぎるようなので、そうではないことに気づく。それぐらいしか外の情報はなかった。


 手枷を付けられたまま看守に案内されたところは、見慣れた中央管理室…船の心臓部を担う、船長席のある部屋だ。


 船長席に座っていたのは、ホッパーを陥れた張本人、バターマンである。ホッパーからすれば憎き怨敵であるわけだが、この状況で吠えるような気性はホッパーにはない。


 こういう時に吠えて引っ込み思案なホッパーを支えていたのは副船長のカールだった。


「か、カールはどうしているんだ。」


 ホッパーが最初にこの怨敵に対して発したのは罵詈雑言ではなく、頼りになる仲間を心配する言葉だった。


「貴方の相方は別の場所にいる。貴方が協力的ならば、彼に会わせてあげようじゃないか。」


 バターマンは相変わらず目をギラギラさせ不適な笑みを浮かべているが、どこか以前よりも痩せた印象だった。


「…カールを牢から出してやってくれ。何に協力して欲しいのかは知らないが、彼を出すことが条件だ。」


 ホッパーは民衆の前では威厳を保つような厳しい顔をして黙っていながら、その陰で見えない脚をブルブルと震わせているような男だった。当然この場も、精一杯の虚勢を張っていた。


 震えてこそいるが、仲間を見捨てるような男ではなかった。


 それを分かっているから、カールが全力でホッパーをサポートし、良いチームが出来ていた。


 ホッパーの提案を聞いて、バターマンとソルがチラッと目を合わせる。


「あ、ああ、そうだな。本来は犯罪者である君たちを出すなんて、いけないことだ。だが、これも、ブラック・イージスの未来、いや、人類の未来のためと思えば、やむ追えないことだろうな。そうだろう、ソルよ。」


「…仰る通りで。」


 ソルが無表情で返事をする。


 犯罪者呼ばれる筋合いはそもそも無いのだが、とホッパーは言いたくなったが、かれの抵抗はバターマンの事をじっと見ることであった。


「うん、うん、我々はお互いを助け合う必要があるのだ。過去の確執に囚われ、大義を失ってはいかん!さあさあ、カールを連れてきなさい。」


 偉そうな講釈を垂れるバターマンはどこか滑稽に見えた。


 無理をして威厳を保とうと背伸びしているような…そんな印象であった。


 いや、最初からこの男は道化のような人間だったか…?


 まもなく、カールが連れてこられる。


「ホッパー船長!無事でしたか!」


 少しやつれてはいるが、カールは元気よくホッパーの名前を呼んだ。あのバターマン率いる謀反があって以来、実に十年ぶりだろうか。


「カール!良かった…」


「船長もお元気そうで…」


 二人は涙ぐみ、互いを気遣いあれこれと喋り始める。


 バターマンたちはそれを大人しく見ていたが、痺れを切らしたのか、咳払いを始めた。


「…積もる話もあるでしょうが、これで約束は果たされましたよ。早速ですが…」


「話は聞いた!先に言っておこう。我々がお前たちに協力することなど、何一つない。お前たちの言いなりになるぐらいならば、牢屋に入っていた方がマシだ!」


 カールは強い口調で喋りながらバターマンを睨みつける。


(え!俺も入ってるの??)とホッパーは心の中で突っ込んだが、自分が出来ないことをカールはやってのける。


 流石だ、とも思った。


 それを聞いたバターマンは、一瞬泣きそうな顔になり、すぐにそれをやめて、無理やりの笑顔を作るが、目は泳いでいた。


 よく見ると、ソルを含めたバターマンの護衛たちにも、同様の悲壮感が漂っている。


「あ、ああ…ご、ごもっとも、ごもっとも、です。その通りです。そう…そう簡単に、確執というのは無くなりません!しかし、船の有事の際には何を差し置いてもお互いが助け合う!大事な事と思いませんか!」


 バターマンは訴えるように声を張った。


「助け合うだと!?どの口がそんな事を言うんだ!?いいか、もう一回ハッキリと言うぞ。お前たちと協力するぐらいなら、牢屋にずっと入っていた方がマシだ!」


 カールは身柄を拘束されても一歩も引かないようだ。


 バターマンは黙り込んで、目を泳がせながら、ソルや護衛たちと時折目を合わせる。


 それから不意に中央管理室の中央にホログラムを映し出し始めた。


「一体何のつ…!」


「待て!」


 ホッパーが突然その声を遮る。


 ホログラムに映し出されていたのは、船の状況のステータス表示であった。


 その意味するところを瞬時に理解したホッパーに戦慄が走る。


「わ、我々は、協力をしなければ…」


 バターマンはもはやブツブツと呪文のように同じような事を言っている。


「どうしてこういう事になっている!?」


 バターマンの声はもうホッパーには聞こえていなかった。






 第12話『飢餓のブラック・イージス』へと続く







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