第10話 淡い気持ち

 オムニ歴98年9月27日


『ブラック・イージス』が太陽から大きく離れて十年以上の月日が経った。


『バルト』のシゲキ・アオツキ船長が副船長ポカリから何かしらの報告を受けている。それを見ていた『ノースウインド』のプリン船長は、その報告が終わった後に軽い溜め息をついた。


「シゲキ船長、まだ『ブラック・イージス』の事を気にかけているのですか。」


 どうやらシゲキは『ブラック・イージス』の観察を続け、定期的に通信を送ったりもしているらしい。返事は返ってこないようだ。


「彼らには、彼らの考えがあってあのような決断をしたのでしょう。確かに軽率だとは思いますが、太陽から離れてスーパーフレアをやり過ごす事は、もう一つの選択肢であったではないですか。それに、忠告を受けておいそれと引き下がるような連中ならば、最初からあんな大胆な事はしないでしょう。」


 プリンは厳しい口調でシゲキを諭すように言う。


 黒い太陽は、この時点ではほぼ確実に起こる出来事と認識されていた。五年以内にスーパーフレアが起きる確率はもう90%を超えているという。


 ブラック・イージスを除く各船は、生き残った最後の土星の月、タイタンで散々資源を回収し、来たる三百光年旅行の準備も最終段階へ突入しようとしていた。


 オムニ歴98年9月15日に資源採掘が終了し、プリン船長は二週間を『バルト』で過ごし、その後、『ノースウインド』にて、他の船と同様、反物質の生成に入る。


『バルト』はプリン船長のお気に入りの船で、資源採取の協力関係の中で度々プリン船長は『バルト』を訪問した。


 もはや、タッグとも言える。


 予定だと、オムニ歴99年5月25日に三百光年の旅へと出発予定だ。


 来年の前半ならばスーパーフレアの可能性は限りなくゼロに近い。


 そして反物質の生成が始まれば、もう後はない。反物質エンジンの加速が始まる前に、船に民が全員ポッドに入り、コールドスリープに入らなくてはいけない。


「そうは言っても、ブラック・イージスには一千万もの人が乗っている。一部の人間の浅はかな行動でこれらの人々の命まで危険に晒されるとなると…」


「それも運命でしょう。理不尽、不合理、不平等…既に我々は数多の不幸の土台の上でこうして生き残っているのです。それに、何も我々のやり方が一番安全なやり方とは限らないではないですか…みんなギリギリのところで活路を見出そうとしているのです。」


「そうだけど…君はいつも、そうやって簡単に割り切れるものなんだな。」


「鋼鉄の淑女」と呼ばれている事は重々承知だ。しかしながら、シゲキの言葉には軽蔑の念が込められているような気がした。それが、プリンには深く刺さった。


 しかし、すぐに力強い眼差しをシゲキに向ける。


「甘い決断は、それこそ民の命を危険にさらします。シゲキ船長、貴方には貴方のやり方があると思いますが。私にも守るべき考えがあるのです。」


 プリンの強い物言いに、シゲキは少し自分は無神経な発言をしてしまったかなと反省する。


「いや、すまない、それは確かに君の言うとおりだ。君も大きな所帯を持つ大船長。軽々しい発言を詫びよう。」


「何も悪いことなんてありませんわ。それに…」


 プリンは目線を外す。


「私は『鋼鉄の淑女』とか呼ばれていますから、その程度の発言は、もう聞き慣れております。」


「ああ、でも、さっきの発言は僕の本心を表している表現ではなかった。私は貴方が誰よりも温かい人間であることを知っている。」


 実際、シゲキは何度もプリンと直接会って、プライベートで接する機会も多くなったため、「鋼鉄の淑女」ではないプリンを知っている。


 本当は人懐こくて思いやりのある人間だという事をシゲキだけが知っていた。


「な、何を言うのですか、突然!」


 いきなりのシゲキの言葉に、プリンが動揺する。


 真っ直ぐに見つめてくるシゲキの目線が恥ずかしく、逃げるように目線を泳がせる。


「いや、私の本心です。私は貴方ほど美しい人に会ったことがない。」


 シゲキは本当は「貴方ととても立派な方だ」、という趣旨の事を言うつもりだったが、いじらしく目線を逸らすプリンを見てつい口が滑ってしまった。


 プリンはびっくりしてシゲキの事を真っ直ぐに見つめる。鋼鉄の淑女と言われて以来、こんな事を言われたのは初めてだ。


 シゲキは勢いでとんでもない事を言ってしまったことに気づき、急に挙動不審が激しくなる。


「し、シゲキ船長、私も女なのですよ、そんな事を言われたら…第一、船長同士で、そんな…」


 プリンは少し咳払いをする。


「えっ、いや、すみません。ふ、不適切な事を。ええっと、ふ、船の案内をしましょうか。」


「え、ま、また船の案内ですか!?」


 プリンにも、少々動揺が見られる。


「あ、いや、それもいいんだけど…」


 ここで唐突に船長室のベルが鳴る。シゲキはこの百年ぶりかとも思われるほどのウブな気まずさに潰されそうだったので、内心ホッとした。


「シゲキ船長、『ブラック・イージス』から通信が届きました。船長に繋いでくれとの事です。」


「なに!?本当か!?すぐに行く!え、ええっと…」


 シゲキはプリンの方をチラリとみる。


「私も行きます。それでいいですか。」


 シゲキは頷いて返す。


「これよりプリン船長とそちら向かう。」


 シゲキは力ある声で返事をして、二人はそのまま通信室へと向かった。







 第11話『狂い出した歯車』へと続く




























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