第12話 飢餓のブラック・イージス
「うぅぅ…」
バターマンはかすかな唸り声を上げる。
ホッパーが大きな声を上げることなんぞ珍しいので、少しカールは驚いた。
「今、私たちはどこにいる?」
ホッパーは鋭い視線をバターマンに投げかける。お互いに先ほどから冷や汗が止まらない様子だ。
「太陽ーアルデバラン間、太陽より158AU地点…」
「158AU!だと!?あの代替案を読んだのか!?あの加速処置はそういう事か。今何年だ?今日の日付は?」
「オムニ歴98年3月3日です。」
「…では、隕石群の可能性が示唆された場所か…それで、どうなったんだ!?」
「多数、色々な物が浮いてはいますが…ほとんどが氷の塊でして、鉱物は微々たるもので…氷を割れば採掘できるものもありますが、なかなか氷の層も分厚く…」
やはり、懸念していた通りだったか、とホッパーは悟った。
そもそも、隕石群へ飛び立つのは危険だと考えていたので、ホッパーはこの計画はあくまでも反物質エンジンが失敗した際のバックアップとして考えていたのだ。
しかしながら、一体どうすればあんなに蓄えを浪費することができるのだろうか…?
「航海ログを見せなさい。いや、私が行く。」
ホッパーはバターマンのところまで歩いて行く。バターマンの目の前まで来ると、手枷を外すように要請する。
バターマンは目配せをして、ホッパーとカールの手枷を外させた。
「もはや、一刻の猶予もない状況だ。」
そして、バターマンを船長席から立たせて自身が座り、船長席から航海ログを表示する。航海のあまりの手際の悪さにホッパーは顔を顰めた。
決して効率の良い使い方ではないが、反物質エンジンを利用し、『ブラック・イージス』は加速し続け、一時は時速五百万キロまでの速度を記録したようだ。
この事は他の船も観測しており、不完全な加速であったこともあり、反物質エンジンがとてつもない加速を生み出すことができることの証明となった。
しかし、加速した方向を何度も修正し、隕石を避けたりしながら『ブラック・イージス』は何度も減速と加速を繰り返していた。真っ直ぐ行こうとせずに、方向を定めて迂回しながら加速すれば、こんなに大量のエネルギーを浪費する必要はなかった。
しかも、何度か電磁バリアが間に合わずに隕石にぶつかり、修繕を行っている。急な減速と加速にセンサーの反応が遅れ、AIが対応しきれなかったようだ。
エネルギーが外部からほどんど入ってこない状況で、今度は何年にも渡り、AIに任せっきりの採掘工事を行なっていたらしい。しかし、氷を割る作業と資源の採掘のエネルギー効率的バランスが取れていなかった。ここでも大きなマイナスが生じていた。
「なぜこんなに核融合施設が停止したままになっている??」
ホッパーはさらに顔を顰める。
「中性子照射で内部構造がボロボロになってしまって…」
「なぜ修理しない!?」
「一部の材料が足りなくなってしまいまして…」
「…ベリリウムか?」
核融合施設のログを確認してホッパーは悟った。
「はい…」
宇宙船の修繕にレアメタルであるベリリウムを使い過ぎてしまって、足りなくなってしまっていた。
ベリリウムは核融合炉を作るための合金を作る要になり、核融合の燃料となるトリチウムの生産にも使われる。それを、使い切ってしまったのだ。
「船の軽量化を図るぞ。ベリリウムを再利用し、核融合施設を復活させる。そして、この隕石群での採掘はエネルギー余剰は見込めないゆえに、太陽側へと飛び。そこで他船に救援を求める。そうやって得た残りのエネルギーを反物質生産に向けて飛ぶぞ。各船に協力してもらえば、まだ『ハルモニア移住計画』に乗れるかもしれない。」
「な!?戻ると言うのか?何のためにここまで…!」
「ここまで来てダメだったんだから諦めろ!今は生き残ることを優先しろ!」
いつもは丁寧な口調のホッパーがいつになく声を荒げた。
バターマンは状況をやっと理解したようだ。もはやこの場所で採掘を繰り返し、永劫を生きていくことには無理があったのだ。
それだけではない、船内の環境維持だけでも備蓄は食い荒らされていた。
バターマンは、船長席を無理矢理奪った彼に対する民衆の不安や不満を抑えこむため、万事が上手くいっていると嘘をつき、民衆のエネルギー浪費を放置しておいたという。
上辺だけは、民が幸せに暮らすユートピアとなっていた。
「仮染めのユートピアか…船の軽量化のため、居住区域を大幅に減らそう。そして、節電を強要することにしよう。」
バターマンとソルは苦い顔をしたが、背に腹は変えられない。渋々とホッパーの計画に乗ることにした。
資源が尽きる前に、何としても戻らなくてはいけない…
ホッパーは資源が尽きた場合の最悪を想定し、戦慄を覚えた。
第13話『行動をしなかった報い』へと続く
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