第13話 行動をしなかった報い
節電キャンペーン、というものを打ち出そう、というのはバターマンであったが、ホッパーは反対した。
「そんな流暢な様子では船は持たない。移動中、民にはずっとコールドスリープのポッドで眠っていてもらおう。この新技術を試す良い機会にもなるかもしれん。最低限のクルーがAIの至らぬ部分をナビゲートするべきではあるかもしれないが…」
ホッパーはここで少し続きを言うのを躊躇った。
「必要とあらば、人間をエネルギー資源としよう…人間の身体はとても効率の良いバッテリーだ。我々の科学は、未だに神の領域には届いていない、と思わざるを得ないほどに、な。」
そう言うと、ホッパーは顔を顰めた。皆の顔が急に渋くなる。
「や、やはりお前たちは、人を殺して自分たちだけ生き延びようとしているのだな!」
反応したのは、先ほどまで石となって黙っていたソルであった。
「じゃあ皆で死ぬ事が正しいことだとでも言うのか!?」
カールが声を荒げる…
「お、俺は騙されないぞ。お前たちは、そうやってヴィタラの民を根絶やしにしようとしているのだろう!この大量虐殺者め!」
ソルがホッパーを激しく罵倒すると、ホッパーは悲しげな顔を見せた。
未だにそんな事を言っているのか…
「なんか言ってみろ!え!?最初からそうだったんだろ?船長の席を利用して、好き勝手やりやがって!お前たちは、俺たちが乗船することだって必死に止めようとしていたよな!?」
「違う、私はそんな事は…」
ホッパーは弁明しようとするが、ソルは止まらなかった。ホッパーは決してヴィタラの民を差別などしていなかったが、差別を止めることもできなかった事は事実だった。
「お前は信用できない!お前の知識だけは役に立つから生かしておいてやるが、用がなくなったらまたブタ箱に突っ込んでやる!」
「この野郎、言わせておけば!」
カールも激昂してソルに突っかかっていく。ソルに向かって歩いていくカールを護衛が止め、ソルとカールの間では醜い罵倒の嵐が吹き荒れた。
ついにホッパーの堪忍袋の尾が切れる。
「うるさい!!!」
聞いたことのないホッパーの声に一瞬にして場が静まる。
「私がそのような事をおくびにも出した事があるか?私がそんな事を望んでいるというのか?」
ホッパーが真っ直ぐにソルの目を見ると、ソルはバツが悪くなって目を逸らした。
「行動を起こさなかった…私が悪い。それは否定はしない。私はいつも、私の取り巻きの顔色を窺っていた。こんな人間が、罵倒されるのは当然の事だ。」
ホッパーは悔しさを滲ませたような悲痛な表情を浮かべる。
「選別は完全にランダムに行う。元々そういう事になっていたんだ。選別の時に私もカールもポッドに入り、その選別に混ざるとしよう。それで満足か?」
ソルは眉を寄せる。
「確かに…これを考えついた当初、考えた…身体の大きい人間からいなくなれば、より少ない犠牲で済む、とか、犯罪者や人格に問題のある者からいなくなればいい、とか、能力の低い者から順に、とか、多様性を重視して、とか…でもな、結局は、正解などないと気付いた。ならば、私個人の裁量で決めるべき事ではない。」
ホッパーは、萎んでいくように語った。
黙り込んだソルを尻目に、バターマンが問う。
「格好の良い事を言って、この場を切り抜けようとしているだけなんじゃないのか。お前が本当にそう思っているのか、甚だ疑問だぞ!」
そう簡単には騙されはしないぞ、というバターマンの様子を見て、カールは仕方がない、と思った。
そもそもホッパーは、強硬派や有力者たちの主張に強く反発する事が出来ず、いつまでもヴィタラの民の境遇を向上させる事ができていなかったからだ。
ホッパーは、思うところがあったのか、皆んなに見えるようにホログラム上でイージスメールを開き、パスワードを入力し、指紋と目紋認証で十年以上ぶりにチャットボックスを開いた。
「十年前にもこれを確認するように訴えようかと思ってたんだけど…そうしなかった。メールの内容は有力者たちを怒らせるかもしれないと思ったから言えなかったんだ。すでにみんな君たちに捕まっていたというのにね。それに…君たちの事を、ただ私の立場を奪いたいだけで、民族救済なんて大義名分なんてないと思っていたから、こんなのは隠蔽されて殺される可能性の方が高いと思って、黙っていたんだ。…」
ホッパーは、狡猾な手で自分らを貶めたバターマンを、ヴィタラの民を救おうという英雄のような気位はなく、単に権力を欲していた蛮族と思い込んでいた。
しかし、先ほどのソルの訴えで、本気でホッパーがヴィタラの民を根絶やしにしようとしていたと勘違いしているとの確信を得た。
ならば、やることは一つ…
チャットを開くと、そこにはカールとのやり取りが見て取れた。内容は、ホッパーの愚痴とも言えた。
03/31/073 13:23
ホッパー:〈ちょっと相談事があるんだけど。〉
カール:〈はい〉
ホッパー:〈官僚たちがまた良からぬ事を企んでいるようなのだが。〉
カール:〈良からぬこと、とは?〉
ホッパー:〈ほら、君もあの席にいたじゃないか。〉
カール:〈なんの事ですか?〉
ホッパー:〈あの、『ハルモニア移住計画』だよ〉
カール:〈はあ…それで、良からぬ事というのは… ?〉
ホッパー:〈マクベスが言っていただろう、[もし全員が辿り着けない場合、最初に切り捨てるべきはヴィタラの民だろう]、と〉
カール:〈はい、私はそれに対して然りと船長の意思を反映させて、ランダムにするようにと主張しましたが。まあ、貴方が何も言わないから通らなそうだけどね。〉
ホッパー:〈いや、まあ、こういう役目は君の役目じゃないか。私はそういうキャラじゃないんだよ。それで何だが、どうやらマクベスや官僚たちは、AIのプログラムを組んでいる側の人間とグルになって、コールドスリープ直前で、プログラムを書き換えてヴィタラの民から死ぬようにと書き換えようと企んでいるようなんだ。〉
カール:〈あ、明らかに犯罪行為ではないですか!?すぐに調査をさせましょう。〉
ホッパー:〈ああ、でもまだ確たる証拠がないんだよ。匿名の人物からの密告なんだ。こちらが疑っているのがバレると、シラを切られて終わりだろうし、何より私のもヤバいかも…〉
カール:〈貴方が強く主張して管理すると言えば済む話だと思いますよ。〉
ホッパー:〈いや、そんなことをすれば、私はたちまち謀略に巻き込まれて今の立場を失うだろう。〉
カール:〈またまた😮💨 心配し過ぎですよ。貴方は何度も船の危機を救ったのですよ。〉
ホッパー:〈とにかく、この件は慎重に進めよう。とりあえず、いざという時は頼んだよ。〉
カール:〈あ、そうやって、また私に汚れ仕事押し付けようとしてませんか?〉
この後、ホッパーのスタンプが入ってこの日のチャットは終了している。
正直なところ、ホッパーとしてもこんなチャットは恥ずかしくて見せたく無かった。こうして客観的に自分の言っている事を見直すと、何ともみっともない男か。
「こ、これで、私がヴィタラの民に対して、何も偏見などを持ってはいない、という事が証明されたでしょうか。」
皆がホッパーのチャット内容の暴露に少々呆気に取られている間、バターマンだけは憎々しげな目でそのチャット内容を見つめていた。
「う、嘘だ!違うに決まっている!私は、私は、間違ってなどいないぞ。そんなものがあるなら、なんで最初に言わなかったんだ。」
「言ったではないですか…私は、どうしようもない臆病者で、結局は、官僚や有力者たちに逆らえないただの道化だったのです…」
「ふ、ふざけるな!お前は、お前は、奴らと同罪だ!」
「行動を起こさなかった、という非は認めましょう…私が同罪というのなら、この船の危機を乗り切った後で、私をいくらでも処罰すればいい。」
ホッパーは妙に清々しく己の非を認めた。
斯くしてブラックイージスは航路を太陽へ向け始めた。
第14話『酔っ払いの戯言』へと続く
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