第28話 行きはよいよい帰りは怖い

 ケーブルとすれ違った瞬間、メイトの頭は真っ白になる。それは、他の者たちも一緒だった。


 絶句…


 遠ざかるケーブルへ向かい手を伸ばしたまま、メイトは気を失いそうになる。


(失敗…か。)


 メイトや他のクルーの目から光が失われた数秒後…


 身体に、急にグイッと引っ張られたような衝撃が走った。


 何事か、とワイヤーの先を見つめると、ピンと張ったワイヤーの先、ホッパーがコアラのようにケーブルにしがみついていた。


(ホッパー船長!!!)


 聞こえるわけないのに、メイトは叫んでいた!


 きっと、他のクルーも似たような反応をしたに違いない。


 どうやらケーブルがちょうどタイミングよく場所的にホッパーと交差したのであろう。


 ホッと一息つくのも束の間、ホッパーの身体がケーブルの先の方へ引っ張られて行っている。


 ケーブルの速度自体は大した事はないが、自分を含めて十人分の質量の加速を一人で支えているせいだ。加速が収まるまで、ホッパーが力で耐えるしかない。ましてや空腹も限界に来ている状態だ。


 ズルズルと千切れたケーブルの先の方までホッパーの身体が流れていっている。


 さらに、ケーブルにゆったりとした回転がかかっているようで、ホッパーはそのモーメントに引っ張られて、同じようにゆったりと回りながらグイグイとケーブルの先っぽの方へと身体を引っ張られていっている。


 何人かがケーブルを掴もうとするが、ギリギリで届かない。


 ホッパーは必死の形相で喰らいつくも、尚もズルズルと引っ張られていく。


 そして、いよいよケーブルの先っぽの部分、僅か20cmのところで、ホッパーは止まることに成功した。宇宙服の表面は焦げてしまっていた。


 皆がお化けでも見たような、恐怖に引き攣った顔をしながら呼吸を整えた。


 ホッパーはケーブルをよじ登って行こうとするが、回転がかかっているせいで、数メートル進んだだけで、ワイヤーがケーブルに巻かれてしまい、それが引っかかってそれ以上よじ登れない。


 こうして、ホッパーだけがケーブルにしがみつき、残りの九人は宇宙空間に浮きながら、回転の影響を受けてみんながゆったりと回り始める。


 こんな状況だが、これで固定されてしまったので、一番後ろになったメイトは閃光弾を取り出し、方向もあまり定かではないが、発射すれば見えるだろうと期待しトリガーを引いた。


 ケーブルが動き始める。ため息が出て、全身から力が抜けた。ケーブルが動き出すまで、時間にすれば1分ほどであったであろうか。しかし、1秒でも早くこの状況から抜け出したいクルーにとっては永遠にも感じられるほどの時間だった。


 徐々にケーブルが巻かれ始め、十人はバルトの方向へと引っ張られていく。


 一度ついた勢いは止まらない宇宙で、もう大丈夫だと確信した。


『バルト』は、コンテナが失われた事を知っているのであろう。


 メイトはそう結論付けた。そうでなければ、こんなにゆっくりは引き上げない。


 正直一気に加速されていたら、こんな状況だ。みんなでケーブルから振り落とされていた可能性がある。


 ありがたい…しかし、これでは恐らく数時間はかかる道のりだろう。


 …行きはよいよい帰りは怖い、とはこの事か。


 ずっと冷や汗をかきながら、永遠とも感じる旅路につく間に、メイトには様々な考えが飛来した。


 もしみんなが無事バルトへ辿り着くことができたら、大宴会を開いて、浴びるほど酒を飲んでやろう。


 ツール・ド・アースで優勝した時よりも浴びるほど飲んで、ここの皆と義兄弟となるのだ。


 そして、黒豹・ジミーのことも思い出していた。


 ジミー、お前を見ていなかったら、今こうして皆んなで生き残って入れていない…お前はもう死んでいるのかもしれないが、ありがとう…


 オムニ・ジェネシスのどこかで思いっきり拍手をするエミソン出身の男がいたことをメイトは知るよしもないが、長い旅路ももう少しで終わる事になりそうだ。


『バルト』が近づいてきた。


 ホッパーのすぐ後ろにいたソルが振り向いて、ガッツポーズをとった。


 それに返事をするように、必死にしがみついているホッパー以外のみんながガッツポーズを取る。


 きっと、みんな良い顔をしているんだろうな…


 そう考えた矢先、ホッパーが逆回転を始める。


 そうか!?もうそろそろケーブルは回収される!?今まで回転していた分、逆回転がかかる!?


 逆回転が始まっても、しがみついていたが、いずれ力尽きたのか、ホッパーの身体が離れてしまう。一瞬ヒヤッとしたが、逆回転でもホッパーがかなり粘ってくれたので、巻かれたワイヤーが引っかかってくれて助かった。


 そのうち、全員は大車輪の如く大きな円を描いて相当な勢いで大きく回り始めた。


 うわあああああ!


 誰も乗ったこともないような壮絶な絶叫マシンに乗ったらこんな感じだろうか。


 そして、その大車輪の動きのまま、開いた『バルト』のハッチに突っ込み、回収された。


 回収後、それでも回っている状態であったが、ハッチが閉められた後、ロボットが出てきて、そいつが持っていたハサミでワイヤーに切れ目が入ると、みんな部屋のあちこちに吹っ飛んで身体を激しくぶつけて、やっと長い旅路が終了した。


「皆さん、空気を入れて圧を調整しましたので、もう宇宙服を脱いでも大丈夫ですよ〜。」


 空気が戻り、音の世界が復活した途端にサクラの声が響き渡る。


 皆が我慢しきれないようにヘルメットを取ると、まだ擬似重力を作っていない段階だったので、吐瀉物や鼻水やよだれがそこらじゅうに飛び散った。


 しかし、互いの青い顔を見合うと、自然に笑いが込み上げてきた。


 力ない、側から見れば不気味な笑い方であったろう。


 そんな中、ホッパーだけは、既に気を失っていた…





 第29話『不測の事態』 へと続く

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