第29話 不測の事態

 メイトたちは医務室に運ばれた。


 メイトは一日だけ入院したがすぐに元気になり、餓死寸前だったホッパーらは比較的長期的に入院し、手厚く介抱されていた。


 そして『バルト』はようやく厄介な小惑星群を抜けた。


 これでようやくハルモニア移住に向かうことができる。先ずは各船長に、ホッパーを回収できた事を伝えることにするか…


 そんな事を考えて、通信に入る準備をしていた頃、船内のエネルギー大臣を担当しているオカッピキからシゲキ船長に打診があった。


 何かがおかしい…すぐにミーティングを行いたい。


 電話越しのオカッピキからは、そんな情報しか得られなかった。


 数時間後には、オカッピキは直接シゲキに会いに来ていた。


 その顔は真っ青であった。


 シゲキはその表情から、只事ではない何かを感じ取る。


「どうした?そんなに血相を変えて?」


「し、シゲキ船長…あ、あの、船に極小の沢山の穴が…そ、それで、」


 ゴクリと唾を飲み込み、鼻息も洗い。


「とりあえず、落ち着け!お前の言っている事が訳わからん。」


「あ、あの、シゲキ船長!は、ほ、保存しておいた反物質の90%が対消滅しました!?」


「!?」


 あり得ない…ことのはずだった。


 ハルモニア移住計画前、この船は相当な反物質を溜め込んでいる。


 そのうちの90%が対消滅すれば、大爆発が起こり、この小さい船など木っ端微塵だ。


 …しかし、事実は奇なり。


 事の顛末はこういう事らしい。


 反物質は電磁気力空間を用いてバラバラの場所で保存されていた。しかも、電磁力でバリアーを張っている。これは、対消滅を防ぐための対策である。


 その他、衝撃に耐えられるよう、段階的に防御層が施されている。


 しかしながら、ロード245Aの近辺にいたせいで計器が完全に狂っていたため、高速で飛んできていた大小の粒子を見逃す。ここから悲劇が起こる。


 これらの粒子は船に小さな穴を空けながら、何層にも分けられた防壁を突破し、最後の頼みの綱の電磁バリアーも極小の高速粒子は防ぎきれず、通り抜け、反物質保管所に穴を開けて侵入したようだ。


 侵入した粒子はさらに電磁力により分解され、原子レベル単位であちこちに散らばった反物質に触れ、対消滅を繰り返したという。


 どこかで彗星同士が衝突したことの名残りなのか、相当な速度で無数のデブリが降り注いだ時があった。


 メイトたちのコンテナが潰れたタイミングを一緒である。恐らく、この被害を生んだのは、メイトたちを乗せるはずだったコンテナを破壊したデブリの極小バージョン。


 あの時、大粒の石は全て電磁バリアで防いでいたので、バルトは事なきを得ていた…はずだった。


 しかし、小さいのは、話が違っていた。本来計器が狂っていなければ対処できたはずだが、運が悪かった。


 信じられない事態だが、現実に起こってしまった事らしい。


 対消滅の際に検出される光子エネルギーに気付くことができていなかったと、オカッピキが頭を抱えた。


 物質に触れないようにガチガチに周囲を固めていたため、観測は難しかった、という事らしい。


 ただし、対消滅が一気に起きていたら、この船は木っ端微塵であったろうから、そこは不幸中の幸いだったとも言える。


 今は穴を塞ぎ、デブリの侵入はすでにないらしい。


「…それで、残りの10%で俺たちがハルモニアへ到達できる可能性は…?」


「限りなくゼロに近いです。恐らく、加速が足りず、想定の三倍以上の時間はかかり、到着するよりも遥か手前で生命維持装置であるコールドスリープは停止するでしょう。」


「…今から粒子加速器を稼働して得られる反物質で補填できるのはどのぐらいだ?」


「恐らく、現在残っている原発と核融合施設をフル稼働しても、50%作れるかどうか…そもそもすでに遠回りしてここまで来ていますし、隕石を避けたり電磁バリアを張ったりと、反物質を節約する目的で原発を利用してこういったエネルギーに充てていたわけです。小惑星群は抜けましたが、ウランの貯蓄は大分減りました。」


 反物質に期待していたのはあり得ないほどの加速を産む爆発力であるわけで、反物質の生成自体は全くエネルギー的には効率的ではない。


 そして、小惑星はみんな氷の塊で、ウランの採取には得られる以上のエネルギーを奪われるであろう。


 バルトは、一気に手詰まりとなった。


 特に何もしなければ、百年ほどは普通の生活をしていてもエネルギーは持つという。


「…まさか、こんな形で終わっちまうなんてな。」


 終わりなんて、呆気ないものだ。


 あんなに必死でホッパーたちを救出したメイトも…


 船を捨てて命からがら逃げてきたブラック・イージス出身の者たちも…


 150AUも飛んでそれらの人々を救いにきたシゲキたちも…


 行き場所もあてもない。みんなが宇宙難民となった。


 シゲキは船長席にゆったりと座りながら、バルトの辿った軌道を思い起こしていた。


 とりあえず、他の船にはバルトとブラック・イージスの辿った運命を伝えておこう。それにより、残りの人類が新天地へと辿りつければいいじゃないか。


 通信のメッセージは、本当に残念な様子が伝わるか細い声で、『プリン船長、ごめんなさい…約束、守れそうにありません。』というメッセージで締められた。






 第30話『お人好しは死ぬ』へと続く

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