第16話 チェンの身体能力

連れ込まれた部屋には、何やら大きな丸い台と、それを囲むような機械が並んでいた。


チェンは水菜にこれに着替えて台に上がれと言われたので、従うことにした。

何にせよ、嫌疑にかけられている状態では余計なことは言わない方がいいであろう。


円盤がたの大きな台に上がり真ん中まで来ると、台の端から何かが急にギュイーンと飛び出してきて、上空で閉じた。どうやらチェンは大きな鳥籠のようなものに閉じ込められたようだ。


チェンは驚いて目をパチクリとさせている。


「え!?なんで!?え!?」


身体スキャンとか言うから、てっきり台に寝転がって、カプセルみたいなやつにウィーンって入っていって、というのを想像していた。


「はーい、チェン少年、ごめんなさいね〜。今から軽くゲームをしてもらうわね。」


「え、何ですか!?ゲーム!?」


「ルールは簡単よ!目の前の敵をぶち倒して!」


「はぁ!?」


いきなりの展開に、思考が追いつかない。


そして台の隅から、ぬぅ〜っと人が現れた。チェンよりも幼いが、なぜかとてもマッチョな少年が出てきた。


「ホログラム画像よ。名前はリュウセイ・イマナキくん。古武術使いの少年戦士よ。過去のアーカイブから見つけたの。」


「ええ!?ちょっと、何なんですか、いきなり!」


チェンが水菜を訴えるような目で見ると、彼女は何やらモニターなどを見ているのか、チェンの方をもはやみていない。


(むむ、心拍数上昇。体内に爆弾がついていることもないようね…筋量は平均的な子供と比べても…低いわね。さて、身体能力は…)


水菜は爆弾の存在を危惧していたので、とりあえず安心した。


「あ、先に言っておくけど、ホログラム画像って言っても、安心できないわよ。チェン少年がクリーンヒットを喰らったら、床に電気が走るわ。逆にチェン少年が相手に攻撃をヒットさせたら相手のHPが下がって、倒し切ったら終了になるわ!」


チェンの表情が恐怖で硬まった瞬間、「アチョー!」という音が鳴り響き、リュウセイ・イマナキの横蹴りがチェンの鳩尾にクリーンヒットする。


物理的には当たっていないが、チェンはホログラム画像の迫力にビビってしまい、たまらず尻餅をつく。


その瞬間、ビリっと電気が流れる。


「ンギャ!!」


チェンは飛び起きる。


リュウセイ・イマナキはステップを踏み始めた。


「ホアアァァァ!!」


縦拳が撃ち込まれる。チェンは本能的に身体をのけ反らせて手を前に伸ばしたが、またもやクリーンヒットを喰らい、電撃を喰らう。


「ギャ!」


チェンは泣きそうになりながら、チラっと水菜を見る。内股で肩をすくめる姿はもう完全に諦めた様子だ。


水菜はチェンの表情をみて、「こうやるのよ、シュッシュッ」と、なかなかに鋭いパンチを繰り出し、週二で通っているムエタイフィトネスの成果を披露しながらアドバイスをする。


チェンは見よう見まねでシュッシュ、と言いながらパンチを繰り出すが、完全に手打ちのひょろひょろパンチであった。


「いいわよ〜、それでほら、もっと強く!あ、違う、避けて。ダメ、も〜、こうよ、こう!そこ!」


「ホアァァァ!」


ビリビリッ!


「イヤアァァァ!」


ビリビリッ!


「ホワッチャー!」


ビリビリッ!


「アイヤ〜!」


ビリビリッ!


チェンはもはや泣き面で顔が歪んで前が見えていなかったが、ヤケクソになって腕を振り回す。


しかし、最後のヤケクソも全然当たらず、リュウセイ・イマナキのH Pはマックスのままだった。


「違うわよ、そこはフックでしょ。ええ!?だから、な、なんだそれ!?」


水菜も熱くなってチェンの隣であれこれとアドバイスをしている。

もはや彼女が戦っているのか?というほどずっとシャドーをしている。


そして、二分も経たないうちに、チェンはゼーゼーと息を切らし、動かなくなっていった。水菜も汗だくだった。


破壊力抜群のパンチ力を持つボクサーならば、三分間のミット打ちだけでも凄まじいほどの体力を消耗することはある。しかし、チェンのようにへなちょこパンチしか打てない場合は、それほど疲れることはない…はず。。。


ホームレス生活で栄養がある食べ物にありつけなくて体力が落ちている上に、育ち盛りなのに全く運動をしていなかったせいで、チェンは平均の子供より遥か下のスタミナとパワーしかなかった。


そして、もうぶっ倒れるだろうと思われたところで、カーン、とゴングの音が鳴った。


「は〜〜い、終了〜。チェン少年、すごい数値が出たわ!あなたの体力、運動能力、同年代の子の下から数えて1%だったわよ!女の子の平均よりもはるかに下だわ!?」


チェンは疲れて膝をついて四つん這いの形になりながらゼーゼーと息を切らしていたため、水菜の声は届いていなかった。


「しゅ、主任、も、もはや、虐待レベルですよ。。。ていうか、もう身体スキャンでやりたかったこと、とっくに終わってるでしょ。」


目の前でゼーゼー言いながら床へと崩れ落ちるチェンにドーナツは同情の声をかける。


水菜もチェンの様子をみて、ハッと我に帰る。


「チェンくんが弱すぎて、つい。。。あのホログラム、相手に合わせて強さの自動修正が掛かるようにできていて、最後の方はリュウセイ・イマナキの速度も強さも0.7倍ぐらいなはずで、電撃も弱くなっていったはずなのに…」


ドーナツも、資料に目を通しながら、「こりゃ、いくら何でも『西の天使の里』から来たスパイじゃあないっすね。」と言い放った。


未だにゼーゼーと息を切らしながら寝転がっているチェンに、水菜は恐る恐る声をかける。


「ええっと、チェ、チェン少年、もう、出てもいいわよ〜。ご、ごめんなさいね〜。念には念を押さないとってことで!」


チェンが恨めしそうに水菜を見つめると、水菜は明らかに笑って誤魔化そうとしているような様子だった。


「で、でも安心して、見た目の体力のなさはもちろんのこと、一切トレーニングを受けた痕跡の脳構造も見られなければ、潜在的筋力と骨強度、反射神経、その他の運動神経の発達度も、並の子供より遥かに下だったわ!いくら実力を隠そうとしても特定の数値は動けば誤魔化せませんから、晴れてスパイ疑惑はゼロになったわ!」


チェンはまったく理解ができなかったが、とにかく嫌疑が晴れたらしいので、とりあえずそれで満足することにした。


「ふぁい、ありがとう、ございまし…た…」

とだけ言って、そのままピクリとも動かなくなった。。。



第17話『運動の後は気持ちいいよね』へと続く



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