第17話 運動の後は気持ちいいよね

チェンは呼吸が整って来ると、フラフラしながら起き上がり、シャワーを浴びに行く。


シャワーの最中は、色々な事が浮かんでくる。


−水が気持ちいい………今まで、運動らしい運動は学校の体育の授業でしかした事なかったからな…


学校というキーワードを足切りに、学校のみんなの冷たい視線を思い出した。


デイビットに殴られた頬を無意識のうちに撫でていた。

そして、ミシェルの怯えた顔の目の前で、殴る蹴るの暴行を受けたチェン…


今になって思えば、あの時から自分の中で惨めな気持ちがずっと離れない気がする。


ホームレスの人たちは優しかったし、水菜さんも、さっきは散々な目にあったけど悪い人じゃない。ドーナツさんだって…


でも…


今度はチェンは、マックミラーや母親の事を思い出す。

自らの人生に対しての惨めな気持ちが収まらない。


なんで僕だけこうなんだ!という怒りさえも、とうに諦めの境地についてしまい、もはや無感情に近い状態になっていた。


部屋に戻ってきたチェンは、自分では気づいていないほど泣きそうな、悲しそうな表情をしていたようだ。

それを見た水菜は勝手に自分のせいだと思ってしまい動揺し、チェンに平謝りをし始めた。


チェンはむしろ何かの疑いが晴れてホッとした、という以外は特に何も思うところがなかったので、水菜の謝罪は予想外のことだった。


そして水菜は、あれこれと怪我はないかとか具合は悪くないかと聞いてくる。

チェンにとって、こんなに心配されたことも初めてのことだった。


「ええっと、水菜さん、あの、僕、水菜さんに、怒ってなんかいないですよ。」


そう言ってチェンはニコリと笑う。


その表情を見て、水菜もパッと表情が明るくなる。


「本当!?良かった!でも、本当にごめんなさい。私、年甲斐もなくすぐに暴走しちゃって…」


水菜はモジモジしながら謝罪を繰り返そうとする。

心底反省しているんだな、とチェンは感じた。


ドーナツも、「ほら、別に、そんなに問題じゃないって言ったじゃないですか。」とニヤリとした表情を見せる。


「じゃ、じゃあ、今度は私シャワー浴びてくるね〜。ドーナツくん、チェンくんをお願いね。」


そう言うと、水菜は着替えを持って部屋を出ていってしまった。


−僕が戻るまで、待っていてくれたのか…

散々な目にあったけど、チェンは水菜の優しさに、落ち込んだ気分が救われた気がした。


それはそうと、チェンはドーナツと取り残され、ちょっと気まずい。


「主任、お前が怒ってるんじゃないかって心配してたぞ。なんだってそんな紛らわしい表情で帰ってくるんだよ。」


いや、僕にそんなこと言われても…とは思ったが、ドーナツに自分の身におきた様々なことを説明する気にはならず、話題を逸らそうとする。


「なんでもありませんよ。こういう顔なんです。」


「ハッ!辛気臭い顔ばかりしてちゃあ、不幸しか降ってこないぜ。」


余計なお世話だ!と言いかけたが、もうそんな体力も気力も残っていない。

しかし不思議なもので、今までは誰かに何かを言われてもしょぼくれてトボトボと帰るだけだったのに、なぜかドーナツには言い返したくなる。


「…あの、ドーナツさん。」


「なんだい、改まって。」


「僕、なんで、あんなこと、させられたんですか…?」


ドーナツは急に表情を曇らせた。


「う、うむ…そうだな、お前には知る権利がある。疑われた張本人だからな。しかしだな、これはちいっとばかり主任にとっては繊細な話だから、教えてもらえるかは分からないな…まあ、主任を待とう。」


こうして二人で水菜を待ち、シャワーから戻ってきた水菜を二人はマジマジと見つめる。水菜は短パンにタイトなシャツを着たラフな格好だった。


「な、なによ!二人とも、なんか、エッチ!」


面を食らったチェンは、「あ、ち、違いますよ〜、僕らは〜!?」と言いかけ、ドーナツを見ると、彼は「えへへ…」と鼻の下を伸ばしていた。


−おい!


チェンは開いた口が塞がらなかった。





第18話『いたずら好きの少女(水菜の追憶①)』に続く



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