第44話 敗北者が必ずしも無価値とは限らない

 そして翌日となる。今日がAクラスとの勝負の日だ。


「さて、やるか」


 普通に勝負しても、Aクラスには勝てない。やはり俺の作戦を使うしかない。

 俺はまず心の中で念じて『能力』を全開にした。

 そしてクラス全員に告げる。


「おい! 聞け! 俺はEクラスのお前ら全員に、『テストの点数』で『勝負』を申し込む!」


 俺は『Eクラス』全員に宣戦布告。

 その言葉にアリスが異を唱える。


「い、いきなり何を言うんだよ! 力を合わせようよ!」


「これだけ説明しても理解できないお前らにはガッカリだ。もうお前らは俺の『敵』だ!」


「なんだと! この裏切り者! お前こそ、Eクラスの『敵』だ!」


「このクズ!」「害虫!」「ゴミ!」


 お互いに罵倒を続ける俺たち。

 完全に俺とEクラスは『敵対』状態となった。


「せんぱーい! 敵情視察に来ました……って、うわ! なにこれ!?」


 元気よく教室に入ってきた小悪魔は険悪なEクラスの状況を見て後ずさる。


「おやおや、仲間割れ? なんて愚かな奴らなの。もう勝負は決まったみたいなものね」


 後ろには生徒会長もいた。

 この惨状を見てクスクスと笑っていて、勝ちを確信している。


「やはり敗北者に価値は無いわ。やられ役はこの世界に存在してはいけない属性なのよ」


 敗北者とやられ役は無価値……ね。


「さっさと退学していれば恥をかかずに済んだのに。せいぜい酷い点数を取りなさいな」


「…………ふ~ん?」


 小悪魔の方は首を傾げて周りを見ている。

 その後、何かに気付いたような表情となった。


「ま、そうですね。もう先輩は我々の『敵』ではありません。行きましょう」


「そうね。もうこんな奴らを『敵』と思う必要も無いわね」


 そのまま、小悪魔は生徒会長を引き連れて出て行く。

 その表情は悪戯を企んでいる顔だ。

 こいつ、俺の作戦に気付きやがったのか。生徒会長に話されると面倒だが……


「では席に就け。テストを開始する」


 生徒会長と入れ替わる形で先生が教室に入って答案を配っていく。

 クラス全体が険悪なムードの状態で、テストに突入していた。

 明らかに雰囲気が悪いまま、時間だけが過ぎていく。


「そこまで」


 テスト終了。先生が答案を回収する。

 放課後には結果が発表だ。

 この学院の採点システムは異常に優秀で、その日のうちに結果が出るのだ。

 そうして放課後、テストの結果が電光掲示板に発表された。


「ふう」


 結果を見て、俺は軽くため息をつく。それは安堵の意味を表していた。


「そ、そんな、バカな!? どういうこと? 何が起こったの?」


 驚愕の声を上げたのは生徒会長だ。

 そこにはありえないことが起きていたからだ。

 掲示板には、ズラリと『100点』の名前が並んでいたのだ。

 その全てが俺を除いたEクラスの生徒の名前だった。

 俺の点数はその一つ下の『99点』だ。

 つまり、Eクラスの平均点は99点となる。

 対するAクラスの平均点は90点だ。


 この勝負はEクラスの勝ちである。


 負け確定だったはずなのに、それをひっくり返した。

 最後の作戦は無事成功したというわけだ。うまくいって良かった。


「あはは、私たち、負けてるじゃないですか!」


 結果を見た小悪魔が、お腹を抱えて笑っていた。負けた割には嬉しそうだ。

 負けで喜ぶとは中々やるじゃないか。やられ役の素質があるぞ。


「なんでよ! こいつらはEクラスなのに! 敗北者なのに!」


 どうしても納得がいっていない生徒会長。彼女の常識ではあり得ない事だったらしい。


 生徒会長さんよ、敗北者が……やられ役が必ず無価値とも限らないんだ。


 『敗者』がいなければ『勝者』は生まれない。勝利と敗北は同じ価値を持つんだ。

 それに『負け』は何よりも勉強になる。負けた数だけ人は成長する。

 あんたが今回の『敗北』をいい経験として受け止めることを祈っているよ。


 そのままEクラスへ帰る俺。

 教室に入ると、脳内に代理ちゃんの声が聞こえてきた。


『ピコン。あなたは8000点のやられ役ポイントを会得しました♪』


「ち、やはり『負け』認定だったか」


 結果として、Eクラスの勝ちだったが、俺個人としては『負け』だ。

 まあ、そうでなくては成立しない作戦だったからな。その分、たくさんポイントが貰えただけで良しとしよう。

 ポイントで言うなら最高記録も達成した。


「やったね! イエーイ!」


 クラスの皆は嬉しそうにハイタッチをしている。完全にお祭り気分だ。


「勝ったことだし、もう説明してもいいな? 鎌瀬君」


 解説者が近づいてくる。その態度はどこかウズウズしている感じだ。

 どうやら、解説者は説明したくてたまらなかったらしい。

 もう神に聞かれてもいいので問題無いだろう。


「そうだな、好きなだけ解説してくれ」


「うむ。まず、鎌瀬君の能力は『敵対した相手を最強にする』だ。つまり、Eクラス全員が鎌瀬君と『敵対』すれば、我々は最強になることができるのだ。それは『知能』も含まれている」


 さっきEクラスと喧嘩をした茶番は、俺とEクラスが『敵対する条件』を満たして、能力の発動条件は達成するためだった。


「さらに言うならば、鎌瀬君は『絶対に負ける能力』だ。それは『鎌瀬君の敵となった相手は強制的に勝つ』という意味でもあるのだ」


 そう、俺が確実に負けるなら、俺の敵はどんな奴でも、俺と勝負した場合、強制的に『勝ち』を得られるんだ。


「それは戦闘だけではない。テストにおいてもその効果は発揮されたのだな。我々と鎌瀬君が敵対して、テスト勝負をした場合、鎌瀬君が99点を取れば、我らは自動的に100点となる」


 その副産物でAクラスの平均点を超えただけである。

 これは前のデート大作戦での『神を欺く』戦法も活用した作戦でもあった。


 俺がEクラスに対して強烈な敵対行動をとったので、俺の敵はAクラスではなく、Eクラスだと『誤認された』のだ。

 これに関しては『演技』だったのでうまくいくか最後まで不安だったが、上手く神を欺けてよかった。

 演技だから何度も使える作戦じゃない。これは一度だけの裏技だ。

 だが、使い所は間違いなく今だっただろう。

 


 自身が絶対に勝てない能力は『絶対に他人を勝たせる能力』として強烈な使い道があったわけだ。

 皮肉だな。負ける事で他人を遠ざけてきた俺が、本当は人と関わる事で力を発揮するタイプだったなんてな。


 まだまだやられ役としての生き方は残っていたわけだ。

 まあ、その命も残り一年に満たない可能性があるのも皮肉だけどな。


「……どーも」


 そんな時、小悪魔が教室へ入ってきた。いつもと違ってちょっと控えめである。


「おや、小悪魔君ではないか。何か用かね?」


「先輩に呼ばれたんですよ」


 そう、俺はさっきこっそり小悪魔に教室に来るように耳打ちしていた。

 ここで大団円といきたいが、最後にこいつには言わなければならないことがあったんだ。


「サンキューな、小悪魔。お前、色々協力してくれていただろ」


「ふ~ん。どうしてそう思ったんですか?」


 小悪魔が珍しく真剣な表情で俺を見ていた。真面目な顔はいつもより可愛く見える。

 彼女は俺の作戦を見抜いていた。それでも小悪魔は生徒会長にそれを話さなかったのだ。

 しかも俺の敵視がEクラスに向くように先導してくれた。

 こいつがいなければ、このシビアな作戦は失敗していたかもしれない。


「ま、あたしは小悪魔だから、生徒会長にも悪戯をしたかった。それだけですよ」


「でもお前、本当は純粋なんだろ?」


「それを、信じてくれるんですか?」


「もちろんだ」


 厳密には純粋かどうかは難しいが、こいつが『いい奴』なのはよく分かった。


「初めて信じてもらえました。今まで誰も信じてくれなかったのに」


 こいつは小悪魔の属性だから、人から信じて貰えにくいのかもしれない。今までも扱いでそれは想像できた。

 確かに人をからかうのが好きだし、男遊びしてそうな見た目だから仕方ないかもしれないが、彼女は彼女なりに苦労をしていたのかもしれない。


「ま、単に先輩が退学になったら、からかう相手が減るので嫌だっただけですけどね~」


「なんだ。そうだったのかよ」


「そうです。そういう事に……しておきます。ふふ」


 そうして小悪魔はウインクをして教室を出て行った。

 いつものようにからかうような笑顔だが、それが本当に喜んでいるように見えたのは気のせいだろうか。

 そんな小悪魔をクラスの皆は愛しい視線で見送っている。

 これでやり残したことも終了だな。


「それが君のやり方か。凄い……私は自分が勝つ事しかできなかった。でも、君は自分が負けても、みんなを勝たせることができるんだ。やっぱり君は……」


「……アリス?」


 そんな時、アリスがじっと俺の目を見ていた。

 どうしたんだろう。


「そっか。そろそろ……だね。かーくん、幸せになってね」


 サチの方も様子がおかしい気がする。前に感じた違和感がまだ消えていない。

 まあ、俺の方も時間が無い。

 まだ死の因果は消えていないし、浮かれている場合じゃない。

 さらなる作戦を考える必要があるだろう。


 果たして、俺は勝つ事ができるのだろうか。

 そしてサチの恋を成功させられるのか?


 嫌な予感がする。近々とんでもない事が起こるような、そんな予感だ。

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