第3話 結成! やられ役主人公(クズ君)と負けヒロイン(腹黒ちゃん?)

 負けヒロイン。それは恋に破れてしまうヒロインの事である。


 別名選ばれないヒロイン。主に恋愛漫画に登場する。


 負けヒロインは、自分の愛した男性を正ヒロインに取られてしまう運命なのだ。


 本来は周りから注目されるレベルの容姿を持つサチ。そんな彼女が誰からも注目されず、地味な印象に見えるのも、この負けヒロインという属性のせいだ。


「本当に変だよね。負けヒロインだなんて……」


「まあ、変わっているのが罪だなんて法律は存在しない。気にするな」


「おお、かーくん。いいこと言うね!」


「……お前、さっきは変って言ってなかったか?」


「あれ? そうだっけ? ふふふ」


 悪戯っぽく笑う。都合のいい奴だ。


「でも、私の好きな人には、思いが届かないんだよ」


「あ、ああ。まだ告白はできていないんだよな」


「うん。何回か告白しているんだけど、本人には聞こえていないみたいなんだ」


 負けヒロインの恐るべき部分は、告白ができないという所だ。告白をしようとしても、なぜか不幸に襲われて失敗してしまう。


 やっとの思いで告白できても、本人に聞こえない、またはフラれてしまうという結果に終わる。


「はあ~。私たちって、本当に不幸な属性だよね」


「まあ、そうだな」


 絶対に勝てない運命のやられ役。意中の相手に恋が実らない運命の負けヒロイン。


 これはどう考えても、幸せとは言えないだろう。


「でもね、かーくん。私は二人が幸せになれる素晴らしい方法を思いついたんだよ」


「素晴らしい方法?」



「私たちで同盟を組もう! お互いに協力して、目的を達成するんだよ!」



「…………はあ?」


 いつの間にか両手で俺の手を握り締めているサチ。目がキラキラと輝いているが、突然の提案に俺は疑問しか思い浮かばない。


「いや、同盟ってなんだよ」


「私たちはお互いに不幸な属性でしょ? だから、私たちで手を組めば、絶対に幸せになれるよ! 私はかーくんが勝てるように応援して、かーくんは私の恋を応援するんだ」


「不幸な属性同士が手を組めば、余計に酷くならないか?」


「そんなことないよ。マイナスとマイナスを掛け算すると、プラスになるでしょ? それと同じで、不幸と不幸を掛け算すれば、幸福に変化するんだよ」


「いや、これは足し算だろ。不幸と不幸を足しても、マイナスが増えるだけだぞ」


「う~」


 サチがジト目で俺を見てくる。


「そんな目で見るなよ。俺の言っていることは間違っていない」


「いいじゃん! 同盟組もうよ! 私の恋を応援してほしいんだよ」


「お前……さては、自分の恋を応援してほしいだけだろ?」


「そ、そんなことないよ。私だって、かーくんが勝てるように応援してあげるよ!」


「サチに応援されてもな~」


「む~」


 あ、やばい。ちょっとサチの機嫌が悪くなってきた。これ以上断り続けると逆にめんどくさくなる気がする。


 でもまあ、俺がヒロインタイプの中で、最も応援したくなるのは負けヒロインだ。


 完全にひねくれているクズの俺は、正ヒロインより、負けヒロインが勝ってしまうような展開が好きなのだ。


 なぜか負けヒロインには性格が良かったり、努力家だったりする子が多い。献身的で尽くすタイプも、負けヒロインになりがちだ。


 俺はそれが許せない。頑張っている子に限って、報われないというのが気に入らない。やられ役である自分と重なるからだろう。


 さらに負けヒロインは、真っ向から主人公を好きになる場合が多い。変にひねくれていないという部分も、好感度が高いポイントだ。


 正ヒロインを選択した主人公に対して、何度も声を大にして叫んだこともある。



 なぜ、そっちを選ぶ? なぜ、真っ直ぐに主人公を愛する方が選ばれないんだ!



 正統派な愛の強さで言うなら、間違いなく負けヒロインが一番だろう。


 俺は一度でいいので、そんな負けヒロインが勝つ姿を見てみたい。言葉的に矛盾しているけどな。


 つまりは、応援してもいいということだ。


「分かったよ。同盟を組もう」


「ほんと? やった!」


「ただし、俺はやられ役だ。あまり役には立たないからな?」


「そんなことないよ。かーくんがいれば、百人力だよ!」


 何を根拠にそんなことを言っているんだか……ずいぶんと前向きな奴だ。


「これで私たちは同盟だね! 嬉しいな。えへへ」


 しかも、やたら喜んでいる。そんなに同盟を組みたかったのだろうか。


「じゃあさ。同盟の名前を決めようよ」


「え? 名前?」


 名前って同盟の名前か?

 俺は個人的に名前には強くこだわる性格じゃない。適当になるぞ。


「なんでもいいんじゃね。ダメ人間二人組」


「ええ!? 私たち、ダメ人間じゃないよ!」


「……じゃあ、やられ役と負けヒロイン」


「それじゃ、そのままだよ~」


 中々納得してくれないようだ。名前に興味がない俺にネーミングセンスを求められても困る。


「じゃあ、こうしよう。この同盟の名前は、『やられ役主人公と負けヒロイン』。これなら、いい感じだよ!」


「やられ役…………『主人公』?」


 聞きなれない単語に動揺してしまう。


「俺、主人公じゃないんだけど」


 やられ役の俺が主人公なんて、おこがましいような気がする。


「ふふ。そんなの気にしなくていいよ。この同盟はね。私たち二人だけの世界なんだ。だから、この同盟の中でなら、かーくんだって『主人公』なんだよ」


 笑顔で両手を広げるサチ。夕日を背にしたその姿は、なぜか神々しく見えた。


「俺にチーターになれって事か?」


「そ、そういう意味じゃないよ! もう、かーくんはひねくれているな~」


「悪かったな。やられ役なのに主人公とか、完全に矛盾していると思ったからだよ」


「そうかな? 私はいいと思うけどね。やられ役主人公」


「……はあ」


 ま、名前にはこだわらない性格だ。好きに呼べばいいだろう。


 それに……確かに悪くはないかもな。俺はこの世界の中では、やられ役という役割だが、俺という人間の中でなら、主人公なんだ。


 やられ役主人公と負けヒロイン。これが俺たちの同盟の名前である。


「それじゃ、よろしくな。クズの俺と一緒だと辛いかもしれないけど、我慢しろよな?」


「……かーくんってクズなの?」


「ああ、そうらしい。神様のお墨付きだ」


「ふーん。でも、別にいいんじゃないかな。私だって『腹黒い』からね」


「え? サチって腹黒いのか?」


「そうなんだよ。ふふふ~」


 ちょっと悪者っぽい笑顔を向けてくるサチ。詳細を説明する気はないらしい。

 つまり、サチは俺が理想とする完璧な負けヒロインではないのか。まあ、別にいいけど。


「あ、閃いた! じゃあ、この同盟の名前は『やられ役主人公(クズ君)と負けヒロイン(腹黒ちゃん?)』にしよう。うん、もっといい名前になっちゃった♪」


「どこがだ! 長いし、どう考えても変だろ!?」


「え~。私、こんな感じの名前が好きなのに……」

「……そうだったな」


 確かにサチは昔から変なものが好きだった。好みが普通の人とはちょっとずれているのだ。

 これは負けヒロインの属性とは関係ない。サチの本来の性格なのだろう。


「これなら私、ミステリアスな女の子っぽくて、ちょっと可愛くない?」


「はいはい。でも、やられ役なんかと同盟を組んで喜んでいるなんて、サチは本当に変わっているな」


「あれ? 『変わっているのが罪だなんて法律は存在しない』じゃなかったっけ?」


「……う。まあ、そうだな」


 サチが納得しているならいいか。


「あ! もうこんな時間だ! 私、家の手伝いをしないと……」


 いつの間にか、ほとんど日が沈んでいた。結構長く話していたんだな。


「それじゃね。また明日ね! かーくん」


 サチは手を振って屋上から出ていった。その足取りは非常に軽く、嬉しそうであった。


「しかし、腹黒い……ね」


 サチの言葉が気になる。つまりは何か企んでいるという事か。

 確かにいきなり同盟を組むとか言ってきたのは、違和感があった。



 だが、心当たりはある。サチにはある重大な『秘密』があるのだ。



 それは本当にどうしようもない絶望的な秘密だ。


「……考えても仕方ないか」


 とにかく、サチと同盟を組むことになった。


 やられ役の俺と、負けヒロインのサチとの同盟。


 その名も『やられ役主人公(クズ君)と負けヒロイン(腹黒ちゃん?)』。


 ……なんだこれ?


 果たして、この同盟が足し算となって悪い方向に進むのか、それとも掛け算となって良い結果を及ぼすのか。


 それは誰にも分からない。

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