第2話 負けヒロイン、登場!
「……ふう」
そのまま寝そべって空を見上げた。綺麗な青空が慰めるように俺を見つめている。
これで何回目の負けだろう。確か168回目だったかな。
きっちり覚えているあたり俺も執念深いものだ。
記憶力には自信があるが、それは必ずしも長所とは言えないかもしれない。
「ま、いいや」
とにかく、今日の仕事は終わりだ。俺はきちんと負けた。
そろそろ日も落ちる頃だし、体の痺れも直ってきた。これからは自由時間である。
俺はカバンから漫画を取り出して、読み始めた。
漫画はいい。
それだけではない。アニメやラノベ、俺はそういったタイプの娯楽が大好きだ。
この世界自体が、あのクソ神の作ったアニメの世界みたいなもんだ。
しかし、俺は体験したいわけではない。見るのが好きなのだ。見て楽しむからこそ、夢がある。
壮大な世界観に奥深い設定、感動するストーリーなど、こういった創作物は魅力的だ。
中でも俺はキャラクターを重視して見ている。様々な個性的なキャラクターに感情移入するのが好きなのだ。
そして、俺はキャラクターに自己投影するタイプでもある。つい、好きな人物になりきってしまう。
では、みんなが好きなキャラクターはどんなキャラだろう?
カッコイイ主役だろうか? それとも、綺麗なヒロインか?
俺の好きなキャラクター。それは……
「あっ! かーくんが漫画読んでる!」
そんなことを考えていると、今度は別の女子が俺の顔を覗き込んできた。
「えへへ。脅かしてごめんね?」
あどけない笑顔で笑う女子。彼女の名前は非白サチ(ひしろさち)。俺の幼馴染だ。
ちなみに『かーくん』というのは俺のあだ名ね。
もちろん、『本名』は別にあるのだが、俺は自分の名前があまり好きではないので、名乗るのは控えさせてほしい。
しかし、サチも綺麗になったもんだ。
ここ数年で、女性らしさが目立つようになった。
サチの見た目は目立つタイプではない。むしろ、地味な印象である。
特徴は長い黒髪って部分くらいか。
安心感を抱かしてくれる明るい笑顔も特徴的だが、その部分は何処にでもいる普通の女子高生の域を出ない。
ただ、よく見ると、その顔は非常に整っていることが分かる。
特に最近は大人っぽくなってきて、可愛いだけでなく、綺麗だと言っても違和感が無いようになってきた。
その割には少し子供っぽい部分があるのも、いい意味でのギャップとなっている。
彼女も間違いなく美少女だ。さすがは『ヒロイン』の属性を持っている一人だな。
最近はそんなサチとも疎遠になりかけていた。こうやって話をするのはいつ以来だろう。
『ヒロイン』の属性を持つサチと、『やられ役』の俺では釣り合わない。
だから、サチは俺と距離を離したのかな。でも久しぶりに、幼馴染である俺と話をしたくなったのかもしれない。
「この漫画、面白いよね。私も大好きだよ」
嬉しそうに話を続けるサチ。久々の会話だ。美少女との会話は胸が躍る。
「特に『主人公』がかっこいいよね!」
しかし、サチの言葉を聞いた瞬間、俺の眉がピクリと動いた。
「…………かーくん?」
サチは俺の僅かな変化に気付いたようだ。心配な表情となって顔を覗き込んでくる。
「違う。この漫画で一番かっこいいのは、主人公なんかじゃない」
「……へっ?」
「一番かっこいいのはな。『やられ役』だ!」
「や、やられ役?」
気付いたら、心の声が口に出ていた。
ちなみに、俺が今読んでいる漫画はバトルファンタジーだ。
最強の主人公がひたすら敵をなぎ倒していく漫画である。
先ほど俺はキャラクターに自己投影すると言ったが、俺が自己投影するのは主人公なんかではない。
俺がなりきりたいのは、そんな主人公にフルボッコにされる『やられ役』なのだ。
「いつも勝つ主人公は確かに魅力的だよな。こいつは最強だ。絶対に負けない。そこに魅かれていくのは分かる」
「う、うん。そうだよ……ね?」
「でもそれはズルだ! 絶対に勝てる運命だなんて、そんなのは反則だ! ゲームで言うならチートだ。つまり、主人公ってのはチーターなんだよ!」
「え、えっと……?」
もはやサチの目はグルグルと回っている。俺が何を言っているのか理解できないようだ。
「そんな主人公は放っておいても成功する。応援の必要なんてない。この場で一番かっこいいのは、そんなチーターに果敢にも戦いを挑んだ『やられ役』なんだよ」
そう、確かに俺はその昔、主役になることを夢見ていた。
だが、やられ役として生きていくうちに、今はこの属性が好きになってしまったのだ。むしろ、主役なんてくだらないとさえ思い始めた。
本当に素晴らしいのはやられ役だ。
しかし、現実でやられ役はただの負け組として馬鹿にされる。それがアホらしい。
だから、せめて漫画の世界ではやられ役にも日を当ててほしいと願っているんだ。
「やられ役は絶対に勝てない運命だ。それでも、彼らは必死に戦っている。こういうのを不屈の精神って言うんだよ。やっぱ一番かっこいいのは、やられ役だよな」
「…………」
俺の言葉を聞いたサチは絶句していた。ドン引きされちまったか。
この話を聞いて、納得しろって方が無理だわな。
つい、普段は隠しているクズの本性を現してしまった。こんな性格だから、俺って彼女はもちろん、友達の一人もいないんだよな~。
「ふふっ」
……あれ? でもよく見ると、サチは笑っているぞ。呆れていると思っていたんだが、違うのか?
「思った通りの答えだ! さすが、かーくん!」
しかも、めちゃくちゃ嬉しそうだ!?
サチにとってこのやり取りは予想の範疇だったらしい。驚いていたように見えたのも演技だったようだ。
「うん。やっぱり、かーくんは変わっているね」
「……別にいいだろ。変わっているのが罪だなんて法律は存在しない」
「うわっ。また変なこと言ってる。……ふふ。でも、かーくんらしいな」
俺らしい……か。こんなやられ役の考えでさえ、個性として認めるとはな。俺も変わっているが、サチも相当変わっている。
「でも私なら、かーくんの気持ちが分かるよ」
そして笑顔を俺に見せてくるサチ。
確かにサチなら俺の気持ちが分かるかもしれない。
彼女は『ヒロイン』という属性を持っている。
一見して勝ち組と思われる属性なのに、なぜ俺のような劣等生の気持ちが分かるのか?
その理由は簡単だ。
「私だって『負けヒロイン』だもんね。……あはは」
そう。ヒロインはヒロインでも、サチが与えられた属性は『負けヒロイン』だった。
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