第42話 やられ役はパズルも得意です

「酷い! どうしてそんなことを言うの!?」

 

 悲痛な女子の叫び声。いったい何があったのか?

 どうやら『ひねくれ女子』に勉強を教わっている子が叫んだようだ。

 おいおい、またひねくれ女子か。あいつ、今日はよくトラブルを引き起こすな。


「どうしたんだ。何かあったのか?」


「別に。ちょっと、この子にやる気を出させてあげようと、発破をかけただけよ」


「なんて言ったんだ?」


「頭が悪すぎて吐きそう。このままじゃ、間違いなく社会の落ちこぼれになる」


「うおーい! さすがにそれは言いすぎだろ!? ……ちょっと編成を変えるか」


 教わっている方は泣いていた。多分も似たような事を何度も言われたのだろう。

 考えてみれば、こいつはひねくれ女子なのでまともに人と接することができない。

 彼女はコミュ障ちゃんとは逆の意味で、人にものを教えるのが困難なのだ。


 ひねくれ女子も、自分でそこが分かっていたから、帰ろうとしたのかもな。

 Eクラスをパズルに例えるなら、ひねくれ女子は一つの歪んだピースだ。

 どれだけ優秀だとしても、それは誰にも評価されずに、誰とも噛み合う事もない。


「なによ。あんたも、あたしのことを否定するの?」


 潤んだ目を俺に向けて来るひねくれ女子。

 こらこら、泣きそうになるんじゃない。

 まあ、俺はこう見えても、パズルが得意だ。

 歪んだピースがあるのなら、同じように歪んだピースを当ててやれば、意外と上手にくっつくことがある。


「ということで……出番だぞ、ミミ!」


 俺は別の子と組んでいたミミを手招きする。


「……はあ、なんですか?」


 ミミはつまらなそうな顔でこっちへ向かってきた。

 なんか機嫌が悪いぞ?

 紫苑の時は喜んでいたのに、組み合わせが変わってからこうなったらしい。


「うう、ミミちゃん。こんなに優しく教えているのに、どうして機嫌が悪くなるの?」


「ごめんなさい。でも、どうしてもあなた様では楽しくないのです」


 教えている子が涙目で頭を抱えていた。こっちも組み合わせが悪かったか。

 いままでひねくれ女子に教わっていた子とミミをトレードする。


「ひねくれ女子よ。お前はこのミミを教えてやってくれ。こいつは成績が悪い」


「さっきと同じ結果になるだけよ。どうせあたしは、人に教える事なんてできないのよ」


「大丈夫だ。お前のやりたいようにやればいい。俺はそれを否定するつもりは無い」


「そ、そう。まあ、もう一人くらいなら、教えてみるわ」


 そうして、ひねくれ女子とミミとの勉強が始まった。


「ねえ。この問題は分かる?」


「はい、全然分かりません!」


 なぜか笑顔で答えるミミ。それを見たひねくれ女子の目が氷のように冷たくなった。


「なに二ヤついてんの。あんた…………人生舐めてるでしょ?」


「……え?」


 ひねくれ女子の怒りに満ちた声に、クラスがシンと静まり返った。


「あたしさ、あんたみたいなのが一番嫌いなのよね。何されてもニヤニヤしてさ。ドMだから? なにそれ、言い訳? どんなことをされても受け入れることしかできないあんたは、ただの弱い人間よ。このままじゃ、これからもずっと他人のはけ口にさせられて、最後にはボロ雑巾のように使い捨てられる人生を歩むでしょうね」


「………………っ!」


 ミミの体がビクっと揺れた。そして小さく震えだす。

 それを見たひねくれ女子はハッとなって目を逸らした。自分でも言いすぎたと思ったのだろう。


「……悪くないです」


「え?」


 しかし、ミミの口から出た言葉は意外な台詞だった。


「悪くないですよ! 今の言い方! ええ、最高です! ひねくれ女子様でしたっけ? あなた様は私の理想かもしれません!」


「はああああ!?」


 クラス全員の声が重なった。


「人格否定に人生否定、最後には私そのものを否定してくれるのでしょうか? ああ、もっともっと、もっと私を否定してくださいぃぃぃぃ!」


 さっきの子と同じようにミミが泣いている。

 しかし今度は悲しみではなく、喜びの涙だ。


「ね、ねえ。何が嬉しいの? これだけ言われて、辛くないの?」


「何をおっしゃいますか! 最高のご褒美じゃないですか!」


「そ、そう。じゃあ、続けるけど……あたしは手加減しないわよ?」


「はい! そうしてください。あなた様との勉強はとても楽しいです」


 目を光らせるミミ。戸惑いながらも、初めて自分を受け入れてもらえたことに少し嬉しそうなひねくれ女子。この二人ならうまくいくだろう。

 一応、計算通りに事が進んだようだ。

 ひねくれ女子はその能力のせいで、どうしてもきつい言い方しかできない。普通の人なら確実に折れてしまうだろう。


 ただ、ミミだけは特例である。それも逆にご褒美となるのだ。

 ドMといっても普通の性癖なら、人格否定をされてしまえば、さすがに耐えきれない。ドMとはいえ、何をされてもいい訳ではないからな。

 だが、ミミは筋金入りの度を越えたドMなのだ。人格否定でさえ、彼女にとっては快楽の餌となる。


 むしろ逆にきつい言い方をしなければ、やる気をなくしてしまうのだ。さっきまで勉強がうまくいかなかったのはそのせいである。

 さらに言うと、ひねくれ女子はスパルタだが、筋は通った教え方をする。精神的な部分でついていけるミミは、確実に学力が上がるだろう。


「あれだけ酷いことを言われてもへこたれないなんて、ミミちゃんはとても精神力の強い子なのかもしれないね」


「いや、ミミはただの変態なだけだ」


 普段なら確実に問題児だが、この二人は組み合わされば最高の相性となる。


「ふう、なんとかなったか」


 めちゃくちゃな勉強会ではあるが、回せてはきているようだ。

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