第28話 やられ役はハイエナが好き?

 雑兵がミミに向かって飛び掛かろうとする。

 彼らは完全にオオカミ状態となってしまっているが……


「ねえ。君、なにをするつもりかな?」


 瞬間、寒気が走るような恐ろしい声のアリスが雑兵の首根っこを捕まえていた。

 その目は見たことも無いほどに冷たくなっている。

 そして……


「無抵抗の女の子を襲うつもり? そんなの許さないよ!」


「ぎょえええええ!?」


 雑兵に特大の雷が落ちる。

 そして、それを見た先生が興奮気味に声を荒げた。


「おお! アリス君が怒った! 貴様ら、ついに主役を怒らせたな!」


 アリスの怒りを買ってしまった雑兵。哀れな……


「これが今までミミ君が無事だった理由だね。ドMの彼女は本来なら、悪い人に利用されそうなものだが、アリス君の正義感がそれを許さない。彼女を襲おうとした男の頭上には常に雷が落ちるという噂は有名だよ」


「なるほどな。これじゃあ、誰もミミに手を出せないな」


 下手にミミに手を出そうとすれば、主役の怒りを買う事になる。

 アリスは普段は強く優しく、頼りになる存在だが、悪と認定した相手には容赦がない。


 徹底的に叩きのめすのが、主役としての人気の秘訣なのかもしれない。

 この町で主役に『悪』だと認識されたら終わりだ。

 正直、ヤクザに目を付けられるより怖い。

 そりゃ、誰もミミを襲わんわ。


「ひいい! 助けてくれっす! ……んむ!?」


 アリスの雷から逃げ回っている一人の雑兵が、ボマーちゃんから『キス』をされていた。


「ふふ、いただきます」


「ちょ!? ボマーちゃん? なにやってんの!?」


 俺の声を無視して、濃厚なキスを続けるボマーちゃん。

 ボマーちゃんの性格はともかく、その美貌はアリスの次に美しい。


 特に血色のいい妖艶なその唇は非常に魅力的だと言える。

 すでに雑兵の表情は極楽浄土と化していた。ちょっと羨ましいかも。


「ぷぎゃあ!」


 そして大爆発。雑兵は真っ黒こげになって倒れていた。

 うらやま死……。


「ああ、いいわ。今の爆発は最高だったわ。やはり内部爆破こそが至高ね」


 うっとりと快感に浸っているボマーちゃん。

 キスをしたのは内部爆破を狙ってのことだったらしい。


 ボマーちゃんは触れた相手を爆発させる能力だ。

 内部爆破を狙っても、口に手などを突っ込まれた場合は、さすがに誰でも引きはがそうとするだろう。


 しかし、こんな美少女にキスをされた場合は、ついつい受け入れてしまう者もいる。

 そこを狙って内部爆破をするわけだ。

 なんという恐ろしい罠!


「さあ! もっと爆発させて! 大丈夫よ。とても気持ちいいから……」


「ひいい! 嫌っすぅぅ!」


 舌なめずりをして雑兵に襲い掛かるボマーちゃん。悪魔だ、この子。

 その後もアリスは次々と別の雑兵に雷を落とし、ボマーちゃんは逃げ遅れた雑兵を爆破して回っている。

 俺は少し離れて、その様子をじっと眺めていた。


「ねえ、かーくんは戦わないの?」


「ああ。雑兵とはいえ、普通に戦ったら、負ける可能性が高い」


 このパターンは知っている。

 雑魚だと侮って、そして負ける。

 それがやられ役という属性である。


「う~ん。それじゃ、どうしよう。様子見するしかないのかな?」


「いや、俺にはとっておきの『作戦』がある」


 俺の言葉を聞いた解説者の目がキラリと光る。


「そういえば君、言っていたね。どんな作戦なのかね?」


「弱って動けなくなった敵を狙うんだよ。そいつにとどめを刺して、俺は『勝利』を得る」


 これならやられ役の俺でも勝てるかもしれない。

 卑怯かもしれないが、これがやられ役流、勝利方程式である。

 勝つためにはどんな手段も選ばないのがやられ役であり、クズ君なのだ。


「ふふ、さすがはクズのやられ役。まるでハイエナのような戦法だね」


「ハイエナか。上等じゃないか」


 実のところ、俺はハイエナが好きだったりする。

 愛していると言ってもいい。


 彼らは弱った動物を狙い撃ちすることで卑怯だと言われているが、それは立派な戦略であり、実に頭のいい作戦なのだ。

 これも見習うべき生きる知恵である!


 ハイエナ達はたとえ勝てない相手がいても、自分の能力をしっかりと把握して、それを最大限に活かして効率的に狩りをしているのだ。

 素晴らしいではないか。やられ役として、憧れすら感じる。


「俺は……ハイエナになりたい。ハイエナ大作戦だ!」


「うわっ! またかーくんが変なこと言ってる!?」


「ハイエナをそこまで称えるなんて、君くらいのものだよ」


 またしても憐れむような目で見られてしまった。誰も共感してくれません。

 しかもサチのネーミングセンスが伝染っちまった気がする。


「よし、それじゃあサチ。俺と一緒に弱ったやつを探そうぜ」


「うん。分かったよ。共同作業だね! かーくん」


 そうして俺たち二人は、目を凝らして弱った敵を探し始めた。

 二人でまさにハイエナの如く獲物を探す光景は、ちょっとシュールだったりする。


「あ! かーくん。あの人、弱っているよ。かーくんでも勝てるんじゃないかな?」


 サチが指さす。そこには雷に打たれて痺れている雑兵がいた。


「でかしたぞ、サチ。あざとく弱っている奴を見つけるとは、さすがは負けヒロイン(腹黒ちゃん?)だ」


「えへへ。それほどでもないよ~」


 別に褒めているわけじゃないんだが……まあいい。実際に助かった。

 可哀そうだが、この弱っている雑兵を倒して『勝利』をいただくとしよう。


「よーし、サチよ。慎重に近づくぞ」


 とりあえず落ちていた棒で雑兵をつついてみる。

 反応は無しだ。

 どうやら本当に雑兵は動けないらしい。

 よし、これならいけそうだな。

 だが……


「待って、鎌瀬君。彼はもう戦えないよ。とどめを刺す必要はないよ」


 あと少しという所でアリスに止められてしまった。少しだけ睨むような目だ。


「ねえ、鎌瀬君。私の言ったことを覚えているかな? 『無抵抗の子を襲うのは許さない』。私は確かにそう言ったよ?」


「うぐ…………」


 しまった! 考えたらアリスは正義感の塊だ。

 そんな彼女が死にかけの敵に追い打ちをかけるなんて残虐行為を許してくれるはずがなかった。


「も、もちろんだ。俺がそんな酷いことをするわけないじゃあないか」


「本当かな~?」


「本当だとも!」


 笑顔でサムズアップ。

 自分で言うのもなんだが、やられ役のそんな態度は非常に怪しい。


「うん。分かったよ。鎌瀬君の事を信じるね」


 それでもアリスは信じてくれたようだ。

 彼女が底抜けのお人好しで本当に良かった。


 よく見ると雑兵は全員が戦闘不能にこそなっているが致命傷は負っていない。

 これもアリスの正義感であるというわけだ。


「う~ん。かーくん、今回は諦めた方が良さそうだね」


「だな。ま、仕方ねーわ」


 あいつの純粋無垢な瞳を裏切るのも気が引ける。

 前回の件でなぜか俺の事を信頼してくれるようになったし、ここはアリスの顔を立てておこう。


 やはりやられ役は簡単には勝てない。

 次の作戦を実行する必要があるようだ。


「もうやってらんねーっす! なんで俺がいつもこんな目にあわなきゃならねーっすか! どいつもこいつも、好き放題やりすぎっすよ」


 怒りに満ちた雑兵の一人が、俺の隣に座り込んだ。


「……あんたも大変そうだな。俺もやられ役だから、あんたの気持ちはよく分かるぞ」


 どうせ作戦は諦めているし、もうこいつに属性を隠す必要も無いだろう。


「おお、そうっすか! あんた、やられ役だったんすね! なんか俺たち、似てるっすね!」


「そうだよな。よし、飲め! これは俺のおごりだ」


 俺は雑兵にジュースを奢ってやる。

 やられ役と雑兵。

 属性的に似ている俺たちの間には奇妙な友情が芽生えていた。


「うわっ! なんか、かーくんと雑兵さんが仲良くなってる!?」


「君たち、似た者同士かもしれないね」


 勝ちは得られなかったが、妙な友達はできました。

 ……なんだこりゃ。


「ああ、まだ足りない。我慢できなくなってきた。……爆破したい。もっと爆破したいよ!」


 そんな時、いきなりボマーちゃんが叫び出した。

 そして、彼女は少しずつ震え始める。


「なんだ? ボマーちゃんの様子がおかしくないか?」


「ま、まずい!」


 解説者の顔が青ざめる。

 周りのみんなもボマーちゃんから距離をとり始めていた。


「あああああああ! もう限界! 全部爆発させるわ!」


 ボマーちゃんが叫んだ瞬間、彼女の周りが爆発した。

 あまりの衝撃に地面が揺れる。

 それだけで終わらず次々と爆発が起こった。

 そして、その範囲は次第に広がっていく。


「暴走モードだ! みんな、逃げろ!」


 先生が宣言した瞬間、周りのみんなが一目散に駆け出す。

 てか、暴走モードってなんだよ!

 ボマーちゃん、危険すぎだろ!


「暴走モードとはボマーちゃんの爆破欲求が臨界点に達した時に起きる覚醒状態の事を言う。この状態の彼女は爆破能力が強化され歯止めがきかない。広範囲にわたる爆破も可能となる。場合によっては町を一つ壊滅させる可能性すらあるのだ」


「何を言ってるのか分からんが、とにかく危ないってことだな!」


 解説者も焦っているのか、説明が滅茶苦茶だ。


「ベラベラ喋ってないで、早く逃げるわよ! 死にたいの!?」


 そんな解説者の首根っこを掴んで紫苑が解説者を運んでいく。

 やはり彼女は面倒見がいいようだ。


「うぎゃあああああ!」


 逃げ遅れた雑兵が爆発に巻き込まれていた。

 その間もボマーちゃんは爆破をやめない。


 やばいぞ。

 これはやられ役にとって、非常にまずいパターンだ。


 例えば、爆発で倒壊した建物や瓦礫の下敷きになって死ぬやられ役なんて、よくいる。

 そうなる前に、早くここを離れなければいけない。


「逃げるぞ、サチ」


「う、うん」


 俺たちも、とりあえず離脱することにする。

 とにかく、ここから離れよう。

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