第24話 負けた後はみんなでご飯を食べよう

 ついにサチが優斗に告白をした!


 この後、優斗がサチを振ったら、俺とサチの恋愛フラグが成立され、ようやく俺たちの恋が解禁される。

 さあ、どうなる!?



「……きゅう」



 しかし、次の瞬間、優斗はその場でバタリと倒れてしまった。


「う~ん。飛行機が僕に迫って……ブクブク」


「うわっ! 優斗君!? 大丈夫?」


 泡を吹いて目を回している優斗。

 ハーレム主人公様は、ピクピクと痙攣をしていた。


「……あの野郎。気絶しやがった」


 まあ、いきなり飛行機が自分にめがけて突っ込んできたんだ。

 気絶するのは仕方ないかもしれない。


 サチが慌てて救急車を呼んだ。

 もうこれは告白どころではないだろう。


「ち、まさかそう来るとはな」


 俺たちの全力で不幸は振り払ったのだが、優斗自身の精神力が耐えきれなかったらしい。


 サチ自身に不幸が降りかかるなら、俺の能力で引き寄せることができるが、優斗の方がショックで気絶してしまっては、どうしようもない。


「ったく、根性の足りない奴め。ま、『雰囲気』が壊れちまったせいでもあったか?」


 サチの告白は雰囲気が出ていないと相手には伝わらない。

 おまけに、『鈍感』の能力を持つハーレム主人公も並みの告白では聞こえない。

 この二重の壁を突破するには、あと一歩が足りなかったようだ。


「嘘……だ。私が、全力を出したのに……負けた? ありえない。信じ……られないよ」


 アリスは放心していた。

 いつも成功している主役にとっては、信じがたい事だろう。

 いかに『自身が勝つ』能力を持つアリスでも、やられ役や負けヒロインを勝たせるのは無理だったか。


「って、アリス!? 大丈夫か?」


 倒れそうになったアリスを慌てて支える。

 俺は敗北が日常茶飯事なので慣れたものだが、いつも勝っているアリスにとっては、ショックが大きかったようだ。


 僅かな罪悪感が俺の胸を襲う。

 俺たちは主役の……アリスの戦歴に泥を塗ってしまったんだ。


「私……こんな事、初めてで……ぐすっ、うう」


 そのままアリスは涙をこぼす。

 恥ずかしいのか、彼女は下を向いて顔を逸らしていた。


「涙が……止まらない。悔しい。それに、恥ずかしいよぉ」


「全力でやって負けた時は、誰だってそうなる。初めての『負け』なら猶更だ。別に恥ずかしい事じゃねーよ」


 俺は空を見上げて語る。

 こんな時には、顔を見られたくない。

 『負けた時の気持ち』というのは、やられ役として誰よりも分かっているつもりだ。


「顔、見ないでよ」


「見てねーよ」


「…………本当だ。なんだよ、もう」


 隣でアリスがゴシゴシをと目を拭っている気配だけは感じている。


「主役が負けるなんて……。私、主役失格かな?」


「逆だ。今までいなかったからこそ価値があるんだよ。お前はきっと最高の主役になれるぞ」


「そうなのかな。私、いつかもっとすごい主役になれるのかな?」


「ああ。ずっとお前とやり合ってきた俺が言うんだ。間違いない」


 まったく、クズ君にこんなことを言わせるとは……さすがは主役のアリス様だよ。


「そっか……ありがと。あ、もう顔見てもいいからね」


 アリスは実に晴れやかな表情で空を見上げていた。

 やはり主役には笑顔が似合う……か。


「鎌瀬君だけ泣いてないのはちょっと納得いかないんだけど。君、本当に人間?」


「ふん。俺だって初めて負けた時は、思い切り泣いたんだぞ」


「へえ~」


「興味を持つんじゃねーよ」


 周りの奴らはそんな俺を見て、笑って馬鹿にしやがったがな。


 負けの大事さを知らない奴ら。負けを恐れている奴ら。

 負けと向き合わないような奴ら。


 そんな奴らが徒党を組んで敗者を馬鹿にするものだ。


 だが、俺は負けた奴を誇りに思う。

 負けを絶対に責めないし、責めさせない。


「やっぱり君は、何も変わっていないね。だから、私は君の事を……」


「アリス?」


 なんだ? アリスの様子がおかしい気がする。

 うまく言えないが、ちょっといい雰囲気のような……?


「ふう。かーくん、アリスちゃん。ごめんね。私、失敗しちゃって………………あ」


 戻ってきたサチは、そんな俺たちを見て、なぜか悲しそうな表情となった。

 潤ったその唇が、キュッと噛み締められている。

 言葉にはできない悲壮感のようなものがそこにあった。


 サチ? なんでそんな顔をするんだ?


 その様子に気付いたアリスが、申し訳なさそうに頭を下げる。


「サチさん……ごめん。私、主役なのに、勝たせてあげられなかった」


「え? ……あ! ううん。アリスちゃんのせいじゃないよ。謝らないで?」


 サチが慌てて両手を振る。

 失敗に落ち込んでいるわけではないようだ。


 でも、なんだろう。俺は何かを見落としている気がする。

 それは負けヒロインについて重大な『何か』だ。


 だが、それが何かは分からない。

 今をそれを考えるべきじゃない気がした。


「サチ。俺もまだまだ作戦の見通しが甘かったみたいだ。悪かった」


「もう、かーくんまで。謝るの禁止! ……ね?」


 天使のような笑顔だった。

 数々の失敗を経験しているサチも、この程度では落ち込まないらしい。

 さすがは俺の愛する負けヒロインだな。


「ま、とりあえず、惜しかったな」


「そうだね。次はうまくいくに違いないよ。サチさん、すぐまたデートを申し込こもうよ」


「いや、しばらく様子を見た方がいい。そもそも優斗の奴、明日から一ヶ月ぐらい予定が埋まっているらしいぞ。全部デートだってよ」


 デート大作戦は、一度ここで休止という事になる。

 次回は優斗の予定が空いてからだ。


「うーん。さすが優斗君、モテるね」


「そろそろ、あいつにも不幸が落ちてもいいよな」


「ふふ、そうだね。でも、今日の優斗は十分酷い目にあったんじゃないかな?」


 三人で笑い合う。

 今回のことで俺たち三人の距離が縮まった気がする。


 『主役』に『やられ役』に『負けヒロイン』。

 本来なら絶対に絡むことのなかったチームだ。


 そんな俺たちが一つの目標の為に手を組むことになった。

 これはある意味、奇跡なのかもしれない。


『ピコン。あなたは3000点のやられ役ポイントを会得しました♪』


 脳内に声が響いた。ポイントの取得だ。

 しかも、これまでにない高得点である。


 そうか! 今回、すさまじい不幸を呼び寄せたから、大量のポイントが貰えたんだ。

 やられ役の力をうまく活用すれば多くポイントが貰える。

 負けは俺にとっての利なのだ。


 つまり今回の作戦は完全に無駄ではなかったという事だ。

 きちんと意味があったんだ。


 『やられ役ポイントを百万稼ぐ』。


 これについて僅かながら勝機が見えてきたかもしれない。

 俺が勝つ具体的なイメージはまだできていないがそれでも確実に前に進んでいる。


「ねえ、これからみんなでご飯を食べに行こうよ。鎌瀬君が奢ってくれるんだっけ?」


「ち、覚えてやがったか。まあいい。さっきのでかなりポイントを稼いだからな。サチも頑張った褒美だ。俺様が奢ってやろう」


「あ、ちなみに私も、たくさん人を助けたから、10000ポイント貰えたよ」


「あ、私だって告白に失敗しちゃったから、それくらい貰えた~」


「お前らが奢れ!!」


 こいつら、めっちゃポイント貰ってんじゃねーか!

 やられ役だけポイントの幅が少なくね?


「ねえ、かーくん」


 そんな時、サチが俺の手を握ってきた。

 彼女にしては大胆な行動である。


「今回は失敗しちゃったけど、それでも……すごく楽しかったよね」


 そこには満面の笑顔。

 それはどこかスッキリしたような表情でもあった。


「いっぱい作戦を立てたり、アリスちゃんと仲良くなったり……。私、こんなに楽しかったのは生まれて初めてだよ。一生の思い出にするね!」


「何言ってんだ。まだまだ作戦は始まったばかりだぞ。これからも同盟を続けるんだ」


「うん。そう……だね」


 なんだろう。やはりサチの様子が少しおかしい気がする。

 まるで残された時間は少ないかのような……もう二度と、今日みたいな日が来ないかのような、そんな雰囲気だ。


 おいおい、時間が無いのは俺の方だぞ。

 なんでサチがそんな顔をするんだ?


「ん、かーくん。次も頑張ろうね!」


「ああ、そうだな」


 考えても仕方ない。そんな時間も無いしな。

 今は俺が出来ることをやるだけだ。


 今回のことで敵だったアリスと協力することができた。

 サチとの距離も近づけた。

 それだけでも得るものはあった。

 とりあえずは、それで良しとしよう。

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