第34話 月に一度のあの日
「お願い! 今日一日だけ、私の『犬』になってちょうだい!」
予想の斜め上のお願い。
辛そうな顔をして、何を言ってるんだこの人は。
ただ、それよりもっと大きな疑問が頭に浮かんだ。
「なあ、ミミはどうしたんだ?」
SMプレイがしたければ、ドMのミミに頼んだら、喜んで引き受けてくれるはずだ。
しかし、そのミミの姿は何処にも見かけない。
「ミミはね。この前の戦いでボマーちゃんの爆発に巻き込まれて入院しているのよ。私がちょっと目を離した隙に、嬉しそうに爆発に向かって行ってしまったわ」
おいおい、もはやドMとかそういうレベルじゃなくて、ただの自殺志願者じゃないか?
「ミミ君も『ドM』だから、たくさん痛い目にあう必要がある。つまり、鎌瀬君と同じで耐久力が高く、傷の治りが早い。そろそろ退院する頃だが、まだのようだな」
つまり、今は紫苑には『犬』がいないということになる。
「ミミがいないから、私は誰もいじめることができないわ。でも、もう我慢の限界なの。だから鎌瀬君、貴方をいじめさせてほしいのよ」
「なんで俺なんだ?」
「貴方はやられ役でしょ? いじめられるという事は、つまり『やられる』という事と同じよ。ポイントも貰えると思うわ。お互いにメリットがあるのよ」
「……む」
確かに理屈としては正しい。
でも犬になるってのも抵抗があるな。
どうしたものか。
「でも、お前にいじめられたら、それが快感となって、そこから逃げれらなくなるんじゃなかったっけ?」
「そうね。でも、何か問題があって?」
「問題しかねーよ!?」
恐るべしドSの生態。とんでもない女に目をつけられてしまったものだ。
「安心して。まだ慣れていない人の為に初心者用のドSコースも用意してあるわ。最初は軽くしてあげるから。少しずついじめられる快感に目覚めてね。最後には目指せ最上級コースよ」
そんなものに目覚めたくないんですけど!?
つーか、コースってなんだよ。そんな何種類もあるのかよ。
その手のお店を開く気満々だろ!
「痛みが喜びに書き換わって、自分の人格すら塗り替えられてしまう。最後には完全な犬となって私無しでは生きられなくなる。相手の人生を自分の物とするドSの喜び。もちろん、あなたも理解してくれるわよね?」
「できるかっ!」
やはり、恐るべしドSの拘り。何が何でも俺を犬にしたいらしい。
ただ、少し違和感もある。紫苑からは妙な『焦り』を感じた。
「は、早く。そうでないと、私…………うっ!?」
いきなり、紫苑が胸を抑え始める。
その表情は苦しそうだ。
「ん? おい、大丈夫か?」
「いかん! 紫苑君は月に一回の『あの日』だ」
ガタッと椅子を倒して、解説者が立ち上がった。
「へ?」
あの日って……それは、その、あまり大声で言ってあげない方がいい日の事なのでしょうか?
「人によっては月に一回、属性に対する欲が暴走する日がある。そうなると、その欲を満たせなかった場合、体調が悪くなってしまうのだ。最悪、死ぬことさえある」
「なんだそりゃ!」
つまり今の紫苑は誰かをいじめておかなければ死んでしまうかもしれないという事か?
俺はそんな日なんてないのだが……どうやら属性によって個人差があるらしい。
タイミングの悪い時にミミがいなくなってしまったものだ。
「その辺の適当な奴をいじめりゃいいだろ?」
「それはできない。私にはドSとしての誇りがある。私はあくまで求めに答えていじめているの。逆に言うなら、求められない限り、嫌がる人間をいじめるつもりは無いわ」
「この前はいきなり雑兵を殴っていた気がするんだが……」
「あれはあの子の目が刺激を求めていたのよ。彼は心の底では、いじめられたがっていたわ。私にはそういった欲求を見抜く才能がある」
確かに紫苑は面倒見がいい。
ドSという属性に騙されがちだが、本当は心優しい性格ではないだろうか。
「ドSというのは、ある意味では『奉仕』という考え方もできるな。つまり、紫苑君は最高の奉仕精神に溢れた女性なのかもしれない。そういえば、彼女はいじめた相手のアフターケアが完璧らしい。決して苦しませぬよう、最後には絶対に『快楽』で終われるように慎重にいじめているんだとか。また、そのテクニックを身に着けるための努力や、相手の好みに合わせたプレイの勉強も日々怠っていないようだ」
「マジか。めちゃくちゃいい奴じゃねーか!」
解説者の説明を聞いて、ちょっと感動してしまった。紫苑も努力家だったんだな。
「でも、俺にいじめられたい願望なんてないぞ」
「ええ、貴方の場合はあくまで利害の一致ね。本当はそんなことで人をいじめたくはなかったんだけど、私はもう限界だから……」
苦しそうな紫苑。
確かに最初に言ったように、こちらにもメリットはある。
「分かったよ。これも人助けだ。ポイントも貰えそうだしな」
「ありがとう。鎌瀬君」
潤んだ瞳が俺を真っ直ぐに見つめて来る。
苦しいからなのか、それとも嬉しさからか。
じっくり見ると、本当に紫苑は本当に美人だ。
高身長にスレンダーな体型は同世代とは思えないくらい大人びた魅力がある。
突き刺すようなきつい目つき。目のそばには泣きぼくろがあり、なぜかそこに心が魅かれていく。
「失礼」
指先でなぞるように、俺の顎を持ち上げる紫苑。
「ふふ、鎌瀬君。貴方はどんな風にいじめられたいのかな? 踏まれる……とかは嫌いそうね。貴方に合った最高の刺激をプレゼントしてあげるわ」
そのまま妖艶な手つきで俺の頬をさする紫苑。
白く細い指先につい目が行ってしまう。
なんだこれ。凄くドキドキするぞ!?
「鎌瀬君、気を付けろ。油断すると、紫苑君なしでは、生きられない体になってしまうぞ」
「ぬうう!」
確かに痺れるような快感が全身を駆け巡ってきた。
これは本気で耐えなければヤバい。
「じゃあ、行くわね。安心して。貴方が快楽に堕ちてしまったら、私が一生面倒を見てあげるわ。犬としてね」
「いや、普通に嫌なんですけど」
それでも、紫苑の目を見ると、目を逸らすことができない自分に気が付いた。
俺はこのまま後戻りのできない世界へと突入してしまうのだろうか?
「お待たせしました! ようやく傷が完治しました。さあ、お姉さま! ミミをたくさんいじめてください!」
その時、勢いよく扉が開いてミミが現れた。
どうやら怪我が治って帰ってきたようだ。
「……お姉さま?」
そして俺と紫苑の姿を見て絶句する。
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