第37話 クズ君を支配するのは大変です
意気揚々と支配者に挑んだ俺だが、3秒で負けてしまいました。
「き、君さ。もうちょっと頑張ろうよ! 全然戦ってなかったよ?」
さっきまで心配していたアリスは、今は軽蔑した目で俺を見ていた。
「仕方ねえだろ。こいつに命令されたら、断れねえんだよ」
「うむ。確かにこれは仕方がないな」
解説者の言葉聞いた一同は揃って彼女を見る。
「おう。解説者、説明してくれ」
「よしきた。先ほどの戦いだが、あれは支配者の能力のせいで負けてしまったのだ。彼女の言葉は絶対だ。どんなに頑張っても逆らう事はできないのだ」
「そ、そうだったね。ごめん」
解説者の説明を聞いて、納得する一同。
まあ、でも仕方ない。本当に言葉通りに人を操るなんて、普通なら信じられない。
支配者の能力は本物だったって事だ。
「あはははは! 弱すぎ! やっぱりEクラスよね。ざっこ!」
心底人を馬鹿にしたように笑う支配者。
それでも誰も彼女に挑もうとはしない。あんな能力を見せつけられたら当然か。
「鎌瀬……だっけ? これであなたは私の支配下に入ることになるわ。文句はないわね?」
「約束だからな。仕方ない」
「ふふふ。思ったより素直な子ね。気に入ったわ。光栄に思いなさい。私に支配されるあなたは幸せ者よ」
「そうだな。あんたの支配を心から受け入れるよ」
「そんな……かーくん。嫌だよ」
サチが涙ぐんで俺を見ていた。
だがどうしようもない。俺はこれからずっと、この女に支配されて生きていかなければならないのだ。
「まったくもう……私が助けてあげるしかないか」
今度はアリスが支配者の前に立つ。
「ふふふ、あなたがあのアリスね? たとえ主役が相手でも、この私に勝つことはできない」
支配者は俺に勝ったことで自信をつけているようだ。主役であるアリス相手でも全く怖気づく様子は無い。
支配者VS主役。最強同士の戦いが今始まろうとしている!
「その前にさ、なんか命令してくださいよ。支配者さん」
だが、俺はそんな二人の間に入り込んだ。
「……え?」
あまりに平然とした俺の言葉を聞いて、支配者が驚きの声を上げた。
俺の敗北は計画の内だ。
実はここからが俺の真の作戦の始まりである。
「俺の事、支配してくれるんだろ? 俺、自発的に動けねータイプなんだわ。なんか指示してくれよ」
「な、何言ってのよ。生意気な奴ね。それぐらい、自分で考えなさい」
「はあああああああ!?」
顔を至近距離まで近づいて、思いっきり声を上げてやった。
「……ひっ!?」
俺の予想外の行動に、支配者は初めて恐怖の声を上げる。
「なにそれ。あんたさ、支配者なんだろ? じゃあ、俺の事きちんと『支配』しろよ。満足に支持も出せないんじゃ、あんたは支配者失格だぞ」
「え……え?」
「これが支配されることを嫌がっている奴なら仕方ない。言う事を聞こうとしないそいつが悪い。でも、俺は心からあんたの支配を完全に受け入れているんだ。だから、そんな俺をうまく支配できないって事は、あんたの落ち度なんだぞ!」
「そ、それは……」
早口でまくし立てる俺につい口ごもってしまう支配者。
「う、ぐぐぐ」
支配者が苦しみ始めた。
そう、実はこの女、この前の紫苑と同じ状態なのだ。
属性に対する『欲』が完全に暴走している状態。解説者いわく、月に一度のあの日である。
この状態になってしまえば属性の欲求に逆らう事はできない。
支配者の場合、誰であろうと必ず『支配』をしなければならない。
それがどんなクズが相手であろうと……だ。
そうしなければ最悪、彼女は死んでしまう。
支配者の状態を瞬時に見抜いたのは、コミュ障ちゃんとのトレーニングの効果である。
全く喋れない彼女と何日も勉強に付き合ったおかげで、俺は相手が何も喋らなくても、その状態や考えている事、体調などがなんとなく分かるようになった。
やられ役だからこそ、日々の成長を忘れてはならない。俺の最強スペックはまだまだ上がっていくのだ!
勝てないからと言って、甘く見てはいけない。やられ役(クズ君)の『ウザさ』を舐めると、とんでもない目に遭うぞ。
「あーあ。ダメだわ。あんたは支配者失格だ。つまり、あんたは自分の属性を全うできないということだな。それでいいのか? ん?」
「ぐ……こいつ、なんなのよ。調子に乗らないでよ! 私が本気で『死ね』と命令したらあなたは死ぬのよ!?」
「俺を殺す気か!? それって支配者なのに、支配を『放棄』するって事だよな。そんなことをすればどうなるか分かってるか?」
「うっ! それは……」
支配者の顔がどんどん青くなる。今の支配者に放棄は許されない。
支配の放棄は、すなわち死に繋がる。
「な、なによ。命令すればいいんでしょ。してやるわよ。『あの女と戦いなさい』」
「はい。分かりました」
俺はアリスの方へと歩いていく。
「あ、あははは! そうよ。あなた達は仲間同士で戦うのよ。さあ、同じクラスの味方と戦う苦しみを味わうがいい!」
そんな俺たちを見て支配者が笑う。
確かにこれは悲劇だ。味方であるアリスと戦わなければならない。
「悪いがアリス。俺と戦ってもらうぞ。俺は支配者の命令には逆らえないんだ」
「う、うーん。別にいいけど」
「行くぞ! はあああああ!」
「落ちろ! 雷!」
「ギャアアアアアア!」
そして、一瞬で敗れる俺。
「負けました」
「弱っ!? あんた、弱すぎでしょ! 舐めてんの!?」
「相手が主役だから、どうしようもねえだろ! そもそも、俺の属性はやられ役だから、絶対に勝てねえんだよ!」
「や、やられ役。なんて役立たずなの」
イライラして爪を噛んでいる支配者。
その目がアリスの方に向く。
「あ、あなた達、同じクラスでしょ!? 全く手加減しないなんて、どういう神経よ!」
「いや。手加減するとか、失礼だし」
「というかこれ、いつもの光景だよね」
アリスが俺を叩きのめすなんて、もはやEクラスの日常なのである。何も珍しくない。
「じゃあ、次の命令をください」
「え? えっと……えっと」
必死で次の指示を考える支配者。
だが、焦りのせいでうまく考えがまとまらないようだ。
「早くしてくださいよ~。は・や・く!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなに早くは指示できないよ!」
「さくっと指示も出せないようじゃ、真の支配者にはなれないぞ。やっぱあんたは無能な支配者だな」
「そんな。私だって、頑張ってるのに……」
「頑張る? もしかして頑張ればいいとか思ってんの? あんたは支配者なんだろ。支配者に甘えは許されない。結果が全てだ。結果も出せない支配者なんて存在する価値はない」
「う、うう……」
支配者の目に涙が溜まっていく。
「それにさ。お前、自分のクラスメイトを誰も支配できていないから、このクラスに来たんだろ? ひょっとして、かなりダメな支配者なんじゃないか」
「うぐっ!」
図星だったようだ。
というか、だいたい分かっていた。ハイレベルなAクラスは誰も支配できていないから、簡単に支配できそうなEクラスにやって来たのだろう。
「うわああ! なによ、このクラス! 嫌だよ! Eクラスなんて、支配したくない! こんなクズを支配なんて、できないよぉぉ!」
我慢の限界が来たようで、泣きながら教室を飛び出す支配者。
「酷い! 酷いよ! 私、嬉しかったのに……。初めて私の支配を受け入れてくれる人がいてくれて、本当は嬉しかったのにぃぃ! うわああああああん!」
叫び声が教室まで聞こえて来る。
……ちょっと可哀そうだったかな?
だが、これも厳しき勝負の世界。悪く思うんじゃないぞ。南無。
「勝った!」
そして、俺は満足げに声を上げた。
支配者を見た瞬間、こういった精神的攻撃に弱い事はだいたい理解できた。
これもコミュ障ちゃんとの訓練の成果だな。なんとなくだが、見たら相手の性格が分かる。
これは『勝利』ではないだろうか。俺は支配者を追い払った。
しかし、勝利という定義は難しい。
『追い払う』という行動だけでは、勝利とは認めてもらえないだろう。
そもそも、初めに戦いを挑んで負けているので、神様的には敗北だと認識されている。
「なあ、みんな! これって俺の勝利だよな?」
だが、クラスのみんながこれを俺の『勝ち』と認めてくれれば、それは『勝利』となる。
『言質を取る』。これが重要だ。これが認定されたら、因果が歪んで俺の命は助かる。
「…………何を言ってるんだよ。完全にEクラスの恥をさらしただけじゃないか。これはある意味じゃ、私たちの負けだよ」
「……え?」
しかし、アリスの目は氷のように冷たい。クズ君を見る目だ。周りの皆も同様である。
「女の子を泣かすなんて、本当に鎌瀬ってクズだよね」
「うん、クズだ」
「クズの王だね」
全員から非難の目を向けられた。これはどう見ても勝っているとは言えない。
『ピコン。あなたは6000点のやられ役ポイントを会得しました♪』
凄く高ポイントを貰えた。恥をさらしたという事で俺の大敗北と認識されたようだ。
これは喜んでいいのか、悲しんでいいのか微妙である。
「ま、誰も俺を支配することはできないという事だな。相手が悪かったのだ」
「うん。支配される価値もないクズってことね」
ひねくれ女子の鋭いツッコミが俺の胸に突き刺さる。
「か、かーくん。元気だそ? 私は同盟だから、かーくんの味方だよ」
凄まじく同情の目をサチから向けられた。
結局、今回も勝利という課題を達成することはできませんでした。
くそう! これで勝ったと思うなよ~!
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