第14話 やられ役&負けヒロイン、主役とエンカウントをする
負けヒロインのサチ。俺が思った以上に不幸な属性なのかもしれない。
だが、だからこそ、俺はサチを幸せにしてやりたくなった。
「うわあああ! かーくん! 私、悔しいよぉ!」
放課後。屋上に着くと同時に、いきなりサチが俺の胸に顔を埋めてきた。
存在が認知されない。その事実は俺が思った以上にサチの心を傷つけていたのか。
「ねえ、かーくん。私を慰めて?」
男心を擽る潤んだ瞳と、上目遣いで俺を見つめてくるサチ。
こ、これは……負けヒロイン恒例イベントか!
主人公にフラれた負けヒロインは、残ったサブキャラに泣きつく。
漫画などでは心が締め付けられる大事なシーンだ。
となれば、俺の役割は一つ。『フラれた負けヒロインを慰める』である!
「ああ、サチ。お前はよく頑張った」
サチを優しく撫でてやる。これにて、俺たちの恋が始まるのだ!
あれ? でも、ちょっと待て。まだフラれたわけじゃないよな。
タイミング的に早くね?
「あ、しまった。フライングしちゃったよ。てへへ」
コツン、と自分の頭を叩くサチ。
その通りだよ! 無駄に茶番をさせやがって!
「でも、大好きなかーくんに頭を撫でられちゃった。計算通りだね!」
ボソっとサチが呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
サチの奴、わざと間違えやがった!
こいつ、ショックを受けていたように見えたのも、全て俺に頭を撫でてもらうための演技だったんじゃねーのか?
さすがは負けヒロイン(腹黒ちゃん?)だよ!
だが、まだ早い。このタイミングで俺たちが結ばれたら、逆に破局しちまうぞ。
まずはサチが優斗に告白して、失恋をしなければならない。
それが正しい順序である。
とはいえ、現状ではフラれる事すらままならない。
「しかし、負けヒロインの能力がまさかあんな形で現れるとは思わなかったぞ」
「えへへ。驚いたでしょ?」
なぜかちょっと自慢気なサチ。
いや、でも実際に驚いた。今でも信じられないくらいだ。
サチは『告白しようとすると、妨害が起きる』と言っていた。
その妨害の正体が、『金タライが降ってくる』というものだ。
「あのタライは一体どこから出ているんだ」
「うーん。分かんない。告白とかデートの誘いの妨害行動だと思うよ」
妨害か。
そういえば、俺も戦いの最中になぜかいつも足を踏み外したりする。
これは属性による能力だ。サチも多分、そのたぐいなんだろうな。
とにかく失敗させるように、運命の邪魔が入る。
「でも、一番の問題は声が聞こえていないって部分だよな」
「そうなんだよ。だから私は告白すらできないんだ。フラれる事もできないんだよ」
これは予想外だった。思ったより、状況は厳しいぞ。
サクッと告白して、サクッとフラれる予定だったが、それすら難しいという事だ。
それでも『神を欺く』という部分に関してはうまくいったのは収穫だ。
サチが優斗のことが好きだと神に認定されたらしい。妨害が起きるのがその証拠である。
だが、そのせいでサチの声が優斗に届きにくくなった。
つまり、状況は振出しに戻ったのと同じだ。
そんなに甘くないか。
「でも、かーくん。この状態はまだマシなんだよ」
「そうなのか?」
「うん。告白に対する妨害があるってことは、裏を返せば『告白は可能』ってことなんだ」
妨害されるから告白は可能? どういうことだ。
「本当に告白が不可能な相手の場合は、まず妨害が起きなくなるんだよ。その代わり告白が完全に相手に聞こえなくなるんだ。優斗君は妨害があるから、頑張れば告白は届くと思う」
「でもサチの声は聞こえていなかった気がするぞ」
「遠くからだと聞こえないね。でも至近距離まで近づけば、きっと声は届くはずだよ。というより、優斗君が私を『認識』できればいいんだ」
認識か……
恐らく優斗はサチという女子がクラスにいる事すら知らないだろう。
だからサチの声が届かない。
逆に言うなら、認識さえできれば、一気に前に進むという事になる。
サチから見て、俺の場合は告白が聞こえないので、恋愛が不可能だと思っているわけか。
あ、一つ謎が解けた。
俺がサチの告白が聞こえるようになったのは最近だ。
ちょうど、俺がサチの負けヒロインについて調べたタイミングと重なる。
つまり『告白を聞いても受け入れられない』という条件が発動したから、サチの告白が聞こえるようになったという事だ。
そう考えたら、サチは俺が彼女の思いに気付くずっと前から、告白を続けていたのかもしれない。
「妨害を乗り越えて、やっと告白したところで、フラれる。それが負けヒロインとして『絵になる』みたいだよ」
「残酷な話だな」
頑張った結果が報われない。本当に負けヒロインは不遇な属性だ。
まあ、今回はその習性を逆に利用させてもらうわけだが……
「しかし、あれだな。サチは誰かを好きになるのが嫌になったりはしないのか?」
俺がサチなら、もう誰とも恋なんてしたくなくなると思う。
「うーん。そうだね~。私は好きな人の幸せな姿が見たいんだよ。たとえ結ばれなくても、その人のそばにいたい。それだけで、私は幸せかな」
なるほど。負けヒロインらしい考え方だ。
同盟を組んだのも、ただ俺と一緒にいたかったからなんだな。
そうしてクソみたいな主人公の為に身を引いた負けヒロインを俺は何度も見たことがある。
報われないのが負けヒロインの特徴である。
だが、今の俺はそんな主人公とは違う。
どんな裏技を使おうが、必ず負けヒロインを勝利へと導いてやろう。
「ごめん。ちょっと邪魔するね」
「っ!?」
その時、綺麗な声が屋上に響いた。声だけで魅了されそうな、美しい声だ。
「ア、アリスちゃん!?」
サチが声の主の名を呼んだ。
『確実に勝つ』という能力を持った女。
最強の美少女にして、俺の最大の天敵である『主役』。
神堂アリスがここに現れた。
「アリスちゃん……相変わらず、綺麗だね」
アリスが現れるだけで、美しさのあまり、場に謎の緊張が生まれる。
「え? そ、そんなことないよ。特にオシャレにも気を使ってないし」
「なるほど。生まれた時から最強の力と美貌を手にしているわけだな。チーターだ」
「むう。その呼び方、やめてくれるかな」
頬を膨らました顔を近づけて来るアリス。
そんな姿も可愛く見えた。
これが主役補正ってやつかな。
「でも、アリスちゃん。女の子なのに主役って珍しいよね」
主役という属性は数年に一人だけ定められる。
基本的に男が選ばれてきたのだが……。
「よく考えたら、女が主役ってのが、最近は流行っているかもしれないな」
男が主役となるより、女が主役となった方が映り映えはある。
かっこいいだけでなく、美しいという表現も同時にできるからだ。
事実、初の女主役の属性を持ったアリスの人気は、歴代の主役の中でも群を抜いていた。
「確かに……アリスちゃん、すごいよね。ファンも多いし。みんなの憧れだよ!」
「う……。や、やめてよ。恥ずかしいよ!」
褒められると顔を真っ赤にする。
普段の凛々しい姿と大きくギャップがあって、そこが人気の後押しとなっているようだ。
同性から人気が高いのも特徴だ。
アリスファンは男より、むしろ女の方が比率は高い。
これが男だったら、ここまで同性には支持されていない可能性は高い。
主役のアリスは存在するだけで、人から好かれる体質があるようだ。
「で、そんな主役様が、こんな屋上に何の用だよ?」
「いや、用っていうかさ。私、ここで一人になるのが好きなんだよ。最近は君たちがずっと占領しているから、入れなかったんだ」
意外だ。アリスは常に人と囲まれていることから、群れるのが好きだと思っていた。
それがまさか、一人の時間を好むタイプだったとは……。
「そうか。それは悪かった。出ていくよ」
屋上は俺たちだけの場所じゃない。独占するわけにはいかないな。
ここは主役様に譲って、俺たちは別の場所を探す事にしよう。
「い、いや。別に出ていかなくてもいいってば。それより、聞きたいことがあるんだ」
「……え?」
出ていく俺たちをアリスが慌てて引き留めてきた。
「君たちさ。同盟を組んだっていうのは本当なの?」
「あ、ああ」
何で知っているのだろう。もしかして、色々な人に広まっているのか?
いや、アリスはよく屋上に来ると言っていた。
屋上は俺たちが占領していたので、その時にでも話を聞かれていたんだろう。
「やられ役主人公(クズ君)と負けヒロイン(腹黒ちゃん?)だよ♪」
「改めて聞くと、酷い名前だな。改名した方が良くないか?」
「え~。私は気に入ってるよ」
どうやら、この名前はサチのお気に入りのようだ。やはり変わった奴である。
「……そっか」
何やら考え込んでいるアリス。
主役様から見たら、さぞ滑稽だろうな。
やられ役と負けヒロインの属性が同盟を組んだところで、何もできやしない。
無駄なあがき、とでも言いたいのだろう。
「あ、あのさ。わ、私もその同盟に入れてくれないかな?」
「……は?」
そんな主役様の口から予想もしない言葉が飛び出た。
いったい、何を考えているんだ??
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