第52話 やられ役と負けヒロイン


 サチが……俺に告白をした。


「…………っ!」


 俺はつい、いつもの癖で顔を逸らせてしまう。


「かーくん、どうして顔を逸らすの? 今は聞こえているはずだよね?」


「…………あ、ああ」


 さすがに今度は言い訳ができない。

 図らずとも、俺は『サチの恋愛の成就』のゲームもクリアーできたわけだ。


「ごめんね。突然で驚いちゃったよね。かーくんは、私が優斗君のことが好きだと思い込んでいたもんね。でも、今しか言うチャンスは無かったんだ」


 いや、それは知っていたけどな。


「それでさ、かーくん。返事……してほしいんだ。かーくんの素直な気持ちでいいからさ」


「待て、サチ。その前に答え合わせだ。お前、今まで俺に何をしていたんだ?」


 サチの属性解放。

 破壊王の乱入でうやむやとなったが、その詳細を聞いていない。


「分かった。説明してあげる」

 

 サチがほほ笑む。

 それは自らの過酷な運命を受け入れたような顔だった。


「私の属性解放はね。『私が好きになった人が他の女の人からモテ始める』って能力だったんだ。特に可愛い子からモテるみたいだよ」


「なるほど。そういう事だったか」


 俺が急にモテ始めた理由はそれだったわけだ。おおよそ思った通りではある。

 絶対に恋愛が成就しない実に負けヒロインらしい能力だ。


 人間なんだ。周りにたくさんの美少女が集まれば、どんな人間でも、確実に誰かは選ぶだろう。

 負けヒロインにとっては非常に不利な力だ。

 さらに言えば俺は『やられ役』だ。普段から全くモテない。

 そんな俺が高ランクの美少女に次々と迫られたら、落とされるのも時間の問題だ。

 もはやサチの恋は絶望的となってしまう。


「変わった子ばかりが集まったのは、意外だったけどね」


「……俺がやられ役だからかね」


 とはいえ、変わった属性の俺だから、変わった美少女が集まってきたのかもしれない。


「でも、私はこの力に感謝しているんだ」


「え? なんで?」


 こんなの『好きな男が別の女に取られる』能力だぞ。

 恋をする人間にとっては間違いなく、最悪の属性解放だろう。


「だって、好きな人を幸せにできるんだよ? かーくん、ずっと一人で寂しそうにしていたからさ。私の力で、かーくんに彼女を作ってあげたかったんだよ」


「お前、それで俺と同盟を組んだのか?」


「最初は私自身の為だったよ。負けヒロインの力のせいかな。最近はかーくんとは距離が離れていったからね。かーくんまで、私を認知できなくなり始めていたんだ」


「そうだったのか」


 俺は最初、サチとは疎遠になりかけていたと思っていた。

 でも、それは違っていた。

 俺はただ、サチを『認知』できなくなっていただけだったんだ。

 やられ役の俺を嫌って、サチが距離をとっていたと思っていたが、実際は逆だった。


「私は同盟を組んで、かーくんと一緒にいられるだけでよかったけど、属性解放の力でかーくんに恋人ができるようにしてあげようとも思ったんだ」


 サチがいきなり同盟を組むと言ってきたのは、ただ、俺と離れたくなかっただけなのか。


「でも最初にかーくんの作戦を聞いた時、凄いと思ったよ。まだ私にも最後のチャンスがあるんだってね。それでかーくんに好きな人ができるまでは、私も頑張ろうと思った」


「そうか。でも最近はアリスと俺の距離が近づいてきたから、それを応援しようとしたんだな」


「うん。結局、神様を欺けていなかったかもしれないね」


 俺に女の子が集まってきたという事は、サチが俺のことを好きだと神に認識されていたという事にもなる。

 本当は神を欺ききれていなかったのだろうか。


「優しいしあんなに綺麗で主役のアリスちゃんなら、かーくんも満足かなって思ったんだ」


 つまりアリスは操られていたようなもんってことか。

 そう考えたら、ちょっとかわいそうじゃないか?


「かーくんを幸せにするためなら、私はどんな事だってするよ」


「だから、腹黒ちゃんってわけか?」


「かもね。今だってチャンスだったから、こうやって割り込んだんだし」


 純粋な笑顔。

 それは真っ直ぐと言えるのか、腹黒なのか俺の目には判断できない。


「それじゃ、かーくん。返事……いいかな?」


 今度はモジモジと髪をいじりだすサチ。

 これも演技なのか、本心なのか分からない。


「もちろん、断ってもいいんだよ。そうすれば他の可愛い子……例えばアリスちゃんと結ばれることだってできる。かーくんがそれを望むのなら、私は全力で応援してあげるよ」


 何一つ嫌な顔をしていないサチ。それだけは間違いない本音なのだろう。

 やっぱりサチは変わっている。

 それが負けヒロインという属性のせいなのか、素の性格なのかは、永遠の謎だ。

 それでも、お前は俺が心から愛する負けヒロインだよ。


「かーくん。答えを聞かせてよ」


「俺は……」


 少し間をおいて、はっきりとその言葉を口にする。



「サチ……お前が好きだ」



 俺の言葉を聞いたサチは驚いたように目を見開く。


「本当にいいの? 私の能力で、かーくんはどんな可愛い女の子でも選ぶことができるんだよ」


 サチに好かれている状態の俺は、負けヒロインの能力でどんな女でも手に入れることができる。

 サチがいい子ならば、それだけ『サチを負けさせよう』ともっといい女が近づいてくるようになるのだろう。


「それでも、私を選ぶの?」


「ああ、俺も最初からサチが好きだったんだよ」


 俺だって、ずっとこのチャンスを待っていたんだ。


「いつも俺を応援してくれたサチが好きだ。負けヒロインなのに頑張っているサチが好きだ。俺みたいなやられ役のクズとずっと一緒にいてくれたサチが好きだ。俺と同盟を組んでくれたサチが好きだ」


 今しかないし、言いたい放題言ってやった。


「俺が選ぶのは、サチだけだ!」


 俺の言葉を聞いたサチは、少し複雑な表情となる。


「…………そっか。うん、嬉しいな。その言葉が聞けただけで、私は満足だ」


 なんだろう。もっと喜んでくれると思ったが、思ったよりも反応が薄い。

 まるで、これが最後のような……


「ピーピー! マモナクゾクセイガシュウフクサレマス!」


 その時、代理ちゃんの声が辺りに響いた。

 もうすぐ属性が元に戻るようだ。


「おっと。タイムリミットだね。残念だけどかーくん、ついに『その時』が来たみたいだ」


「……サチ?」


 様子がおかしい。

 ただ属性が戻るだけなのに、全てを諦めたような表情だ。


「ねえ、かーくん。私、『好きな人に告白できた』状態なんだ。だから、この状態で属性が戻って、『負けヒロイン』に戻っちゃったら、確実に私の恋は終わる」


 しまった! 告白した負けヒロインは後に確実に破局する!

 肝心なことを忘れていた!


「お前、なんでそれが分かっていたのに、俺に告白なんかしたんだよ!」


「ほんの一瞬だけでいいから、かーくんと恋人になりたかったんだよ。ごめんね、本当のことを言えば、負けヒロインの私は、今日じゃなくても、いつかはかーくんと離れ離れになるんだ。確実に『その時』が来る運命なんだ。だから、せめて今だけは……と思ったんだ」


 サチはいつか来る別れの運命を知っている?

 だから、告白したのか?

 こいつは最初から、ずっとそれが分かっていたのか?


「でも別にいいんだ。私は満足したよ。私が負けたら、かーくんはきっと正ヒロインであるアリスちゃんと結ばれるよ。おめでとう、かーくん。それとありがとう。今まで楽しかった」


 サチは満足らしい。

 今まで負けてきた『負けヒロイン』達も同じ気持ちなのだろうか。


「かーくん、最後のお願い。私に……キスをして欲しい。思い出が……欲しいんだ」


「断る! 俺はそんなのはごめんだ!」


 俺の返事を聞いたサチがビクリと身を震わせた。


「酷いよ、かーくん。それとも、もう属性が戻っちゃったのかな?」


 違う。俺は今から最後の作戦に出るのだ。

 もう、この作戦しかない!


 確かにやられ役である俺と、負けヒロインのサチは永遠に結ばれないのかもしれない。

 サチの言う『その時』がいつかは来るのかもしれない。


 だが、それは『今』ではない。

 やられ役の俺は諦めが悪いんだ!


 俺は懐から二丁の改造エアガンを取り出した。


「サチ、ちょっと重いが、これで俺の頭を思い切り殴ってくれ!」


「い、いきなり何を言っているの? どうして……」


「理由は後で説明する。俺の一生のお願いだ。俺の事が好きだというのならやってくれ」


「…………分かったよ」


 サチは俺の頼みを断れない。説明している暇がないので、とにかくやらせるしかない。


「いいか。思い切り殴るんだ」


 俺の改造エアガンはかなり重い。

 なので鈍器としての活用もできる。

 それこそ本気で殴られると、『記憶が飛ぶ』レベルに痛い。


「な、なんでこんなこと……でも、いいよ。かーくんの頼みだから、やるね」


 そうしてサチは、俺の頭に向かって手を振り上げる。


「ええい!」


 サチの掛け声とともに、頭に衝撃が走った。

 あ、星だ。本当に頭の中で星が飛ぶってことがあるんだな。

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