第9話 究極の負けヒロイン攻略法

 

 いったい何をどう間違ったのか。


 サチは誰もが憧れるハーレム主人公ではなく、クズでやられ役の俺を好きになってしまった。


 考えてみれば、サチは昔からセンスが独特だった。


 皆が可愛いアクセサリーをつけているのに、サチだけ気持ち悪いお化けみたいなアクセサリーを選んでいるのを見たことがある。


 本人によると、そっちの方が可愛いらしい。


 サチは変わったものが好きなのだ。


 変わったものが好きだという事は、変わった人間が好きだとしても不思議ではない。


 そして、俺は特大級の変わり者だ。だから、俺に惚れてしまったのだろうか。


 本来、女子とはブランドが好きなはずだ。


 でもサチは皆が高級ブランドを選んでいる中、一人でその辺に落ちている石を拾って「かーくん、これって可愛い形しているね!」とか言い出すタイプである。


 彼女は『主人公』という最高級ブランドには見向きもせず、『やられ役』というブランドですらない、クズの俺を選んでしまったという事だ。


 最近は疎遠になっていたので、サチはもう俺の事を諦めたのかと思っていたが、まだ気持ちは変わっていなかったようだ。


 恋のキューピットもクソもない。俺がサチの告白に了承すれば、問題は解決だ。


 はっきり言ってこれはラッキーだ。

 この告白にオーケーを出せば、それで命は助かる。


 だから『サチの恋愛の成就』という課題が最も達成しやすいのだ。


 それに元々負けヒロインが好きな俺だ。

 向こうが俺を好いてくれるなら断る理由はない。


 しかし……


「…………サチ。何か言ったか?」


 俺は『聞こえないフリ』をした。


 どうしても『今』はその告白を受け入れるわけにはいかないんだ。


 ここで俺たちが結ばれたらダメなんだ。


 なぜ俺がこんなことをするのか? もちろん、明確な理由がある。


 以前に負けヒロインの属性について詳しく調べたことがある。その時に俺は彼女のとんでもない特性を知ってしまったのだ。


 以前に言っていた重大な秘密の正体だ。




 『告白が成功した負けヒロインは、後に確実に破局する』




 これが負けヒロインの悪夢のような力である。俺と同じく『呪い』だと言ってもいい。


 分かりやすく例えるとしよう。

 以前に読んだ恋愛漫画でこんなシーンがあった。


 とあるヒロインじゃない女の子が、主人公に告白をする。

 そして、主人公はその告白を受け入れた。


 その瞬間、紛れもなく『主人公と結ばれた負けヒロイン』は誕生した。


 これだけ見た場合、一見すると負けヒロインが勝ったようにも思える。

 だが、そんなに甘くない。

 そんな事を『正ヒロイン』が許すはずが無い。



 その後、負けヒロインの女の子は交通事故で亡くなってしまった。



 彼女は人生においても負けだった。


 そして悲しみ明け暮れていた主人公は、その後『正ヒロイン』によって心の傷を癒してもらう。

 

 最終的に前を向く決心をした主人公は、めでたくその正ヒロインとゴールインだ。



 めでたくゴールインだと? いや、全然めでたくねーよ!



 俺の中でこれは美談とは言いがたい。死んでしまった女の子の思いはどうなる?


 最初に告白した女の子は『主人公が正ヒロインと結ばれるための材料』として使われたというわけだ。


 彼女の恋は正ヒロインにとってのただの『部品』だったのだ。


 これぞ真の『負けヒロイン』。一度は恋が成功しても運命によってその恋は続かない。


 もしかしたら絶対に死ぬわけじゃないかもしれない。

 ただ、遅かれ早かれ破局する未来は確定だ。


 負けヒロインは、一度は恋仲になったとしても、後々に価値観の違いに気付いて、別れてしまうという展開も少なくない。


 むしろ、負けヒロインと付き合う事で、主人公が本当は正ヒロインが好きだったと認識するパターンもある。


 いきなり「俺、本当はあの子(正ヒロイン)が好きだったんだ」とか言い出しやがる。


 しかも負けヒロインはその気持ちを尊重して、後押しするために自ら主人公と別れる。そして最後にその負けヒロインは、主人公の幸せを願いながら、泣き崩れる。


 このような胸糞展開なぞもはや見飽きたレベルだ。

 このままではサチも同じ道を辿る。


 だから『今』はサチの告白を受け入れるわけにはいかなかった。


 それにより負けヒロインの『フラグ』が成立しまい、後の敗北が確定してしまうので俺の因果も歪まない。クエストは失敗となる。


「はあ。やっぱりダメか。どうしても、かーくんには私の告白が聞こえないんだね」


 ちなみにサチ本人は、負けヒロインの能力で告白が聞こえていないと思っているらしい。


 どうして聞こえないはずの負けヒロインの告白が俺に聞こえるかは不明だ。


 恐らく俺がやられ役である事が関係しているのだろうが、やはり負けヒロインにはまだまだ謎が多い。


「かーくん! 好きです! 愛しています!」


 諦めずに告白を続けるサチ。

 だが、受け入れてしまえば、俺たちの恋は終わる。


 だから、悪いとは思うが、これ関しては、すっとぼけるしかない。


「ねえ、かーくん。私、かーくんになら全てを捧げてもいいよ。何でもしてあげるよ? それくらいかーくんのことが好きなんだ」


 サチ、そこまで俺のことが好きなのか。なんでこんなクズを好きになってしまったかな。


 負けヒロインはどんなクズな主人公でも、尽くそうとする。その頑張りは絶対に報われるべきだ。


 だから、俺は負けヒロインを応援したいんだ。


 それなのに、現状ではサチの告白を無視しなければならない。

 どうして他でもない俺自身がハーレム主人公の真似事などをしなければならないのか。


 いつまでも無視したくはない。サチの夢を叶えたいし、俺もサチと結ばれたい。

 そんな俺は、昨日に徹夜でこの現状を覆す方法を考えた。考え尽くした。



 そしてその結果、ついに究極の攻略法を思いついたのだ!



「なあ、サチ。ちょっとこっちに来てくれ。大事な話がある」


「え? な、なんだろ」


 期待した様子でサチが近づいてくる。だが、残念ながら愛の告白ではない。

 これは作戦の説明である。俺は小声でサチに話しかけた。


「実は、お前の恋愛を成功させるとっておきの方法があるんだ」


「ほんと!? どうすればいいの?」


「簡単だ。一度告白をして、フラれてしまえ」


「ええ!? い、嫌だよ。どうしてそんなことを言うの?」


「まあ聞け。一度フラれた後でなら、お前は誰かと恋をすることができるんだ」


「そ、そうなの!?」


 俺が徹夜で発見した負けヒロインでも恋ができる方法。

 それが『本命に対して一度失恋する』というものだ。

 これで負けヒロインに新たな道が出来上がるんだ。


「例えばだな。この漫画を見てみろ」


 俺は一冊の恋愛漫画をサチに見せた。最近はどの漫画にも負けヒロインが存在する。


「この漫画の負けヒロインは、作中で主人公にはフラれちまう。でも、その後に別の『サブキャラ』と結ばれている。つまり、この子は最終的には『結ばれた負けヒロイン』となるんだ」


 実の所、『恋人を作った負けヒロイン』自体は珍しくない。


 恋愛漫画なんかで主人公にフラれてしまった負けヒロインは、後日談で別の『サブキャラ』とくっつく展開がある。


 ある意味では負けヒロインの救済処置だと言えるだろう。


 まあ、その手の結末は読者的に賛否両論かもしれないが、今はこういった結末が存在するという部分が重要である。


「だからサチ。『一度主人公との恋に破れる』という経験をすればお前は恋ができる」


 つまり、『負けヒロインのルール』さえ守れば、恋愛自体は可能という事だ。


「……かーくんの言いたいことは分かったよ。でも、ごめん。私は一番の人と結ばれたいんだ。次の恋が成功するからって、今の一番好きな人からフラれるのは、心が痛いよ」


 確かにこの作戦は非常に酷だ。この場合、今の恋を諦めろと言っているみたいなものだ。


 サチの反応は当然だろう。だが、ここからが作戦の『真の概要』である。


「サチ。辛いだろうが、分かってくれ。このままじゃ、お前はずっと前に進めないぞ」


「…………ごめん。それでも、私は」


「諦めるんだ。諦めて『優斗』に告白して、フラれるんだ!」


「嫌だよ! …………って、へ? 『優斗君』に告白?」


 サチが不思議そうにパチパチと瞬きをしていた。可愛く首も傾げている。


「そうだ。お前は『ハーレム主人公』の優斗が好きなんだろ? だから、優斗に告白をして、フラれるんだ」


「えっと、かーくん。あのね、私が一番好きな人は……」


「そして『新しい恋』を探せ。優斗にフラれさえすれば、お前は『別の誰か』とは恋をすることができる」


「…………あ!」


 サチも気付いたようだ。そう、これが俺の本当の作戦である。


 名付けて『神を欺く』作戦だ!


 負けヒロインは『主人公』にフラれて別の『サブキャラ』とくっつく。この習性を利用する。


 本来はサチが一番好きなのは、やられ役の俺だ。


 しかし、それをあえてハーレム主人公が本命なのだと神に『誤認』させるのだ。

 つまりは神を欺くという事だ。


「分かったよ! 私、優斗君が好きになっちゃった! だから、優斗君に告白する!」


 まるで神に聞かせる様に高々と宣言するサチ。さすが腹黒ちゃん。俺の作戦を理解したか。


 いきなりサチが優斗を好きになるのは違和感があるかもしれないが、実はそうでもない。


 突如として意味もなく『主人公』を好きになる『ヒロイン』というのは、よくある話なのだ。それは負けヒロインでも変わらない。


 『ヒロイン』が『主人公』を好きになる場合、そこには、理由も時間も必要ないのだ。


 全く会話もしたことないのに美少女が主人公に惚れるとか、ラブコメではむしろ基本とまで言える。実に王道ではないか。


 高スペックで幼馴染でやられ役の俺もライバルとして上等だ。

 だから、これは『普通』になっただけだ。属性もそれに沿うようになる。


 この神ノ町の神はポンコツだ。それは代理ちゃんを見ていれば分かる。

 欺くのはそこまで難しくはないはずだ。


 属性の力に支配された神ノ町だからこそ起こる現象だと言っていい。

そして『主人公』にフラれた負けヒロインは『残りもののサブキャラ』とくっつく。


 その『残りもののサブキャラ』に、他でもないこの俺がなってやればいいのだ!


 やられ役という属性は『残りもののサブキャラ』に正にピッタリである。これは属性の力を逆手にとった完璧な作戦だ。


 これぞ俺が生み出した究極の負けヒロイン攻略法である! 


 思い知ったか! 神め!


「確かにこのままじゃ、前に進めないもんね。私、やってみるよ。優斗君に告白するね!」


「ああ、サポートは任せろ。俺がお前の恋のキューピットになってやる」


 正しくは恋を失敗させるキューピットだけどな。恋の黒いキューピットだ。

 だが、負ける勝負は俺の真骨頂。敗北なら、やられ役の出番だ。


 この作戦に限って言えば、やられ役という属性の方が有利だ。『負ける』属性の力が逆に俺たちを幸せな未来へと導く。



 達成すべきミッションは一つ。負けヒロインのサチをハーレム主人公の優斗に告白させる。そして失恋させる。



 その後に『残ったサブキャラ』の俺がサチと結ばれる。実は俺が本命だったため、結果的に負けヒロインは一番好きな人間と結ばれたことになる。


 つまり、因果が歪むんだ。


 作戦が成功すれば、俺の命は助かるし、サチも晴れて好きな俺と付き合うことができる。


 これで『負けヒロインの恋愛の成就』に関しては希望が見えてきたな。


 次は『やられ役の俺が勝利する』というゲームについても進めていくとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る