第11話 Eクラスの特殊な生徒 その1 

 変人教師に無理難題を押し付けられると思いきや、出てきた課題は自習だった。


「……え? 自習?」


 思わず声に出てしまう。完全に肩透かしを食らった。


「そうだ。諸君らは特殊な属性だからな。自分の属性の力をよく理解して自由行動をとれ。それが諸君らにとって最も勉強になる。ただし、終わるまで学校から出るのは禁止だぞ」


 俺たちが特殊な属性なだけに普通の授業はしないという方針なわけだ。何気に教師としては柔軟で優秀なんだよな。


 そう言って、先生は教室から出て行く。後は全て自習……か。


 この時間は完全に空き時間となった。


 ちょうどいい。このクラスの奴らがどんな属性を持っているか、一度観察してみるか。


 クラスの皆は今から属性に沿った行動を始めるはずだ。


「ねえ? 痛い? 痛いんでしょう? 今、どんな気持ち? 教えてよ」


 そう思って辺りを見渡していると、嬲るような女子の声が俺の耳に入ってきた。


 長い紫髪で、細身のモデルのような体型をした女子が、気の弱そうな女の子を踏んでいる。


 これは……いじめか!?


「シオンさん。相変わらず『ドS』だよね」


「……ああ」


 サチの言葉を聞いて思い出した。踏んでいる生徒の名前は九条シオン(くじょうしおん)。


 彼女は『ドS』の属性を授けられた子だ。


 ドSの属性なので、人をいじめずにはいられない。彼女は自分の属性に沿って、行動をしているだけなのだ。


 いや、でもドSであるシオンはそれでいいかもしれないが、やられている方はたまったものではない。これは問題じゃないのか?


「ああ、お姉さまぁ~! もっと踏んでくださいぃぃ! 気持ちいいですぅ!」


「ぶっ!?」


 踏まれている方の声を聞いて、思わず吹き出してしまった。


「う~ん。ミミちゃんもいつも嬉しそうだよね~。さすが『ドM』だよ」


 そうだ。踏まれている方の属性は『ドM』だったわ。


 確か名前は柊ミミ(ひいらぎみみ)。いじめられることが快感となる能力らしい。


 なぜか常に服装が乱れており、顔はいつでも物欲しそうに火照っている。


 そしてお胸がとても大きいです。


「かーくん、あんまりミミちゃんを見ちゃダメだよ? ミミちゃん、『ドMフェロモン』がいつも出ているみたいで、特に男の子はミミちゃんを見ると襲いたくなるんだってさ。下手をしたらかーくん、犯罪者になっちゃうよ?」


 サチが少し心配そうな表情で俺を見つめて来る。


「ふん。やられ役の俺を見くびるな。…………襲い掛かっても、返り討ちだ」


「あ、確かにかーくんはやられ役だから、ミミちゃんにも勝てないね。うん、安心だね♪」


 ……あの、そんなに嬉しそうに言わないでくれます? 自分で言っておいてなんですが、悲しくなってくるんですけど。


「でもあの二人、相性はピッタリだよね」


 ドSとドM。確かにこれほどお互いに利害が一致する属性も無いだろうな。


「あ、あ、あ、あの」


「ん?」


 今度は妙に挙動不審な女の子が俺に話しかけてきた。しかし目線は泳いでいる。


 幼児体系なのか、背はクラスで一番小さい。会話ができずにオロオロとしている姿は、小動物を連想させた。


「何か用か?」


「あ……わ、わ、私……」


 話しかけて来るが、なぜか会話をしようとしない。いったい何なんだ?

 そんな彼女は俺に何かを差し出してきた。


「ん? 百円? ……あっ!」


 思い出した。後で飲み物を買おうとして、ポケットに百円を入れていたんだった。

 そして今ポケットの中を確認したら百円は無くなっていた。落としたという事だ。


「拾ってくれたのか。ありがとう」


「…………う」


 俺に百円を渡した女の子は俯いてしまう。やはり、会話をする気配はない。


「…………」


「…………」


 き、気まずい。なぜ何も話さないんだ。この子の属性は何だっけ?



「その子の属性は『コミュ障』だよ。『やられ役』の鎌瀬君」


 そんな時、白衣を羽織った女子が俺に話しかけてきた。


 少し勝気な印象で、白衣から漂うその雰囲気は、科学者をイメージさせる。


「ちなみに私の属性は『解説者』だ」


「ああ、そうだったな。いつも解説、ご苦労さん」


 その女子が授けられた属性は『解説者』であった。


 彼女はとにかく解説することが好きなのだ。なぜか本名は明かしておらず、周りからは属性名である解説者と呼ばれている。


「なあに、気にするな。私は解説が好きなんだ。というわけで、もっと解説してやろう」


 不敵な笑みとなる解説者。解説することが彼女の生きがいであり、能力でもある。


「コミュ障の属性はその名の通り、『人と全く会話ができない』能力を持つ。私も彼女が会話した姿は見たことが無いな。喋らないから、クラスでも知らない人が多いのだろう」


 意気揚々と説明を続ける解説者と、それを聞いて俯いてしまうコミュ障の女の子。ある意味では真逆の属性である。


「自己紹介もできないので、本名も不明だ。彼女のことはコミュ障ちゃんとでも呼んでやればいいよ。意外と愛らしい呼び名だろう?」


「~っ!」


 解説者の説明を聞いて、顔を真っ赤にしたコミュ障ちゃんは走り去ってしまった。

 コミュ障だから、とんでもなく恥ずかしがり屋だということか。なるほど。


 ずっと俺の落とした百円を渡したかったが、コミュ障なので、話しかけることができなかったんだな。


「せんぱーい♪」


「どわっ!?」


 いきなり柔らかい感触と甘い香りが俺を襲った。


「遊びに来ちゃいました!」


 楽しそうな笑みを作った後輩の女子が俺に抱きついていた。


 綺麗なメイクに手にはカラフルなマニキュア。持っている鞄に猫や犬など、かわいい動物のアクセサリーがいくつもついている。


 いかにもオシャレが大好きな女の子。そんな雰囲気を体から出している子だ。


「おや、鎌瀬君。君は意外とモテるのかな?」


「そうだな。こいつの属性が『小悪魔』じゃなかったら、嬉しかったけどな」


「ふふ、よく分かっているじゃないか。そう、彼女の属性は『小悪魔』。無差別に男を魅了することを生きがいにしている」


「そんな言い方やめてくださいよ~。あたしはこう見えて、純粋なんですよ?」


「つーか、お前。Aクラスだろ? 自分のクラスの男を狙えよ」


 『小悪魔』は俺たちの後輩だ。しかし、彼女の着ている制服は、俺たちEクラスとは違って、高級感に溢れていた。


 小悪魔は最も優秀とされる『Aクラス』の生徒なのだ。しかも後輩ではあるが、同じ二年のAクラスに飛び級している。ものすごく優秀ってわけだな。


 そして基本的にAクラスの生徒は、Eクラスのことを馬鹿にしている。わざわざEクラスに遊びに来る物好きなんていない。


 ちなみに彼女も本名は不明である。


「あたしは『かわいい』人が好きなんです。Aクラスの人よりも先輩の方がかわいいです」


「なら俺の所じゃなくて、優斗の所に行けよ。ハーレム主人公ならあっちにいるぞ」


「あの人は、『かわいい』人じゃありません」


「……意味が分からん」


「ふむ。つまり彼女の言う『かわいい』とは落としやすい人間のことだ。底辺の人間ほど飢えているので落としやすいからな。逆にモテている人間は彼女のターゲット外となる」


「なるほどな。……っておい。それって俺が最底辺って言ってるみたいなもんじゃねーか!」


「やだな~。そんなことありませんよ~♪」


 否定する小悪魔。しかし、説得力は薄い。


 なぜなら、彼女の目は氷のように冷たく鋭い。本当に男を騙していても、不思議じゃない目つきをしている。


 まあ、目つきだけで決まるわけじゃないけどな。


「あ、そういえば生徒会長から呼び出されているのを忘れていました。それじゃ、先輩。また遊びに来ますね~」


 そのままEクラスを出て行く小悪魔。何をしに来たんだか分からん奴だ。

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