第47話 破壊王

 恨みのこもった声。

 振り向いてみると、そこには『生徒会長』の姿があった。


「……生徒会長さん?」


 こんな時間まで残っていたのか。生徒会長も大変である。

 これに関しては、サチも驚いているようだ。

 こんなところで生徒会長が出てくるのは予想外だったのだろう。


「この前のテスト、よくも私に恥をかかせてくれたわね! お前のせいよ!」


「いや、俺は関係ねーだろ」


「誤魔化しても無駄よ! 私には分かっているのよ。お前の仕業よね? よく調べたんだからね!」


 ……ち。気付きやがったか。さすがは生徒会長。

 それなりに有能ではあるってわけだ。


「お前は許さない。私はどんなことをしても、妹の仇を取る」


「せ、生徒会長さん。落ち着いてください」


 サチの言葉も聞かずに、怒りに満ちた目を向けて来る生徒会長。

 酷い八つ当たりだ。


「さあ、やってしまいなさい! 『破壊王』!」


「破壊王だと?」


 生徒会長の後ろから出てきたのは、褐色肌の少女だった。

 白髪に褐色の肌も特徴的だが、何よりも目立つのは金色の目だ。

 綺麗だと形容するべきか、恐ろしいというべきか……。


 見た目は小学生くらいに見える。しかし、その金色の目つきは異常に冷たい。

 まるで、この少女には悪魔でも宿っているかのようだ。

 破壊王と呼ばれた少女は無邪気そうに笑っている。


 『破壊王』の属性……世界で唯一主役に勝てる危険な存在。

 確か今は封印されているんだったよな?

 まさか、こんな子供だったとは……


「何で破壊王がここにいるんだ? 封印はどうした」


「私はこの子の姉よ。家族だから、封印を解く権利を持っているわ」


 マジか。生徒会長って、破壊王の姉だったのかよ!

 生徒会長に、支配者に、破壊王。とんでもない家族構成だな、こいつら。


「さあ、愛しの我が妹よ。邪魔者を破壊してしまいなさい!」


「了解だよ、お姉ちゃん。『邪魔者』を破壊するね♪」


 破壊王の冷たい目が、生徒会長の方へ向いた。そして、その手を伸ばす。


「っ! やばい、逃げろ!」


「え? ……きゃあああ!?」


 間一髪で俺の言葉に反応した生徒会長は、何とか破壊王の手を回避した。

 行き場のなくした破壊王の手が屋上のフェンスに触れた瞬間、そのフェンスは粉々に砕け散った。


「おいおい、なんだこの力。これが破壊王の力か!」


「そ、そうよ。触れたものをなんでも破壊するのよ。でもなんで姉である私を?」


「お姉ちゃんはボクを封印できるからね。お姉ちゃんが一番の『邪魔者』だよ」


 純粋無垢な笑顔を向ける破壊王。

 彼女を封印するには家族の了承がいる。

 その家族がいなくなってしまえば、封印はできないという事だ。


「ボクね、全てを破壊したいんだ。手始めにお姉ちゃんも、そこにいるお兄ちゃんたちも、仲良く破壊してあげるね」


「……俺たちもかよ」


 見境なしに全てを破壊するつもりらしい。


「ボクは世界の全てを破壊するまで止まらないんだ。最後は『ボク自身』も破壊する予定だよ♪」


 平然な顔で語る破壊王。

 こいつ、やばいな。本当に子供かよ。

 いや、純粋無垢な子供だからこそ、危険なのだ。封印されるわけだな。


「そこのやられ役! こうなったら、お前が私を守りなさい! 私の盾になるのよ!」


「は? なんでだよ。嫌だよ」


「何を言ってるの。私は生徒会長よ! 偉いのよ! 分かってるの!?」


「そうか。あんたは偉い生徒会長か。それじゃ、あんたが俺の盾となれ。生徒の為に身を犠牲にすること。それこそが真の生徒会長の使命だ。行け!」


「な、なんてことを言うのよ! あなたは本当にクズね!」


「あんたに言われたくねえよ! 生徒一人を守れなくて、何が生徒会長だ! 恥を知れ! お前は生徒会長失格だ!」


「ひ、酷いわ。このクズ! ……ううっ」


 生徒会長は泣き出してしまった。妹と同じで、この手の精神攻撃に弱いらしい。


「か、かーくん。喧嘩している場合じゃないよ! 何とかしないと」


 確かにそうだ。こんなことをしている場合ではない。何とかしなければ。

 破壊王は子供だが、この手のタイプの精神攻撃は通じなさそうだ。それは目を見れば分かる。


「おい、ガキ。近づくと蜂の巣にすんぞ」


 ドスの利いた声で二丁拳銃を構えて標準を合わせる。

 年相応の子供なら泣いて逃げ出すレベルだ。こうやって、物理で脅すしかないだろう。


「撃ってもいいよ~。ボクの体に触れたものは、全て破壊されるから無駄だけどね」


 破壊王はまるで恐れている様子は無い。

 体に触れたものが、全て破壊されるだと!? それは手に限らず体のどこに触れても破壊されるということか?

 確かめてみるか。


 俺は容赦なく破壊者の顔面に向けて、全弾撃ち尽くす。

 弾は全て命中。

 しかし、破壊王は無傷で、地面には粉々になった弾丸が落ちていた。


「ち、本当か」


 普通なら、やられ役の能力で弾は『外れる』。

 しかし、今回は命中した。

 結果は同じで相手が無傷だという『因果』が成立していたという事だ。


 つまり、破壊王の言ったことは本当だ。

 という事は、破壊王のどの部分に触れても、俺は破壊されてしまう。

 地面が破壊されていないのは、破壊できるものを自らの意思で選別できるからだろう。

 恐らく自分に対する攻撃のみを破壊するようにオートで防御が働くのだ。

 これはやばい!


「やられ役……。哀れな属性だよね。まずはお兄ちゃんから破壊してあげるね」


「なんで俺の属性を知っているんだよ」


「ボクは『王』だからね。いろいろと詳しいんだよ」


 『王』と名の付く属性。

 その属性を持ったものは能力以外もバフが掛かるとか聞いたことがある。

 その一つが『知識』というわけか。

 しかもターゲットを俺に定めたらしい。

 やられ役なだけに、こういう時は狙われやすい。


 何とか逃げたいところだが、屋上の出口が破壊王自身の体で塞がれている。

 通り抜けようとすると、その時に体に触れられて、破壊されるだろう。


 さらに俺は『幼女』相手に対しては相性が悪い。これもやられ役の能力だ。

 漫画なんかでは筋肉ムキムキの大男が、幼女相手にあっさりやられているのをよく見る。


 そういうキャラこそやられ役の典型だろう。

 つまり、俺も幼女相手なら非常に分が悪い。


 くそ、これは手詰まりだ。万事休すか。

 俺は『一年以内に死ぬ』という因果を持っている。

 まさか、それが今日だったのとでもいうのか!?


「ねえ、お兄ちゃん。王であるボクからの質問です。この世で最も『迷惑な人間』って、どういう人か知ってる?」


 まるで世界の全てを知っているかのような、年不相応な目で破壊王は語り掛けてきた。


「それはね。『努力する無能』だよ。自身を無能と理解して、おとなしくしている人間はまだ救える。人に迷惑をかけないからね」


 次に破壊王は罪人を見るような目で俺を睨みつけてきた。


「だが、それすらできない人間もいる。例えば『やられ役』のくせに『努力』をして、ひたすら周りに迷惑をかけている。この世で最も無能な存在だ!」


 子供とは思えない迫力だ。

 これが……王の威厳なのか。この年でそこまで理解しているのか。


「子供のボクでも分かっている事だ。お前にはそれが分からないのか?」


「ち、違う。お、俺は……」


「まだ言うの? 王の言葉に、逆らうつもり?」


「う、うう……」


「いつまで立っているの? 跪け!!」


 俺は地面に両膝をついて、地面に頭を擦り付けた。


「今からお兄ちゃんの『心』を壊す。やられ役ごとき、肉体を破壊するのは簡単だけど、その腐った心も完全に破壊しちゃわないと気が済まないよ」


「お、俺の心を……壊す?」

 

「そうだ。お前の心はやられ役らしくない。己の分際を知れ!!」


「やめろ! 俺の『心』だけは、壊さないでくれ! 俺はやられ役だけど、その心だけは俺のたった一つの『希望』なんだ! その希望を、奪い取るのだけはやめてくれ!」


「ならば謝れ! この世界の全てに……謝罪しろ!!」


「…………ごめんなさい」


「なんて情けない姿だ。お前もそう思うだろう?」


 今度はサチの方へ視線を送る破壊王。


「か、かーくん。そんなのかーくんらしくないよ。やめて!」


「黙れ! お前に俺の何が分かる!」


「か、かーくん!?」


「俺は……結局、やられ役なんだ。どれだけ頑張っても、どうせ失敗するんだ」


「そんな。かーくんが、そんな人だったなんて……」


 サチが失望の眼差しで俺を見つめている。

 今、俺たちの中で決定的な何かが破壊された。



「破壊完了。やっぱり一番楽しいのは『絆』を破壊する事だ。こうやって信頼を破壊して、その絶望に染まった表情を見るのがボクの喜びなんだ! さあ、もっと見せてくれ!」


 両手を広げて慟哭するように空を見上げる破壊王。

 

「うう、ちくしょう!!」


「やっぱり私たち、こうなる運命だったんだね」


「いいよ、もっとだ。もっと! ただ破壊するんじゃつまらないからね。最高に絶望してくれ!」


「うわああああああ!!」


 破壊王は泣いている俺たちを楽しそうに眺めている。  

 生徒会長の方は完全に放心していた。

 目標は達成したはずなのに、本当はこんな結末は見たくなかった。

 そう言っているかのような表情だった。


「さて。満足したし、それじゃあ、終わりにしようか?」

 

 破壊王が俺たちに近づいてくる。

 くそ、ダメか。

 『仕込み』は間に合わないか!?



「はい、そこまで」



 その時、破壊王の後ろの屋上の出入り口から、綺麗な声が聞こえてきた。


 よし。間一髪!!


「ふう、なんとか『計算通り』に間に合ったぜ!」


 ケロリと顔を上げて、ニヤリと口を歪める俺。


「やったね。作戦成功だね、かーくん!」


 サチが俺に向けてブイサインを作っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る