第2章 波乱だらけの少年期

第13話 初任務は入学式のあとで

 小学校に入学した。恐らく親達の計らいなのだろうが、夕菜も同じ学校である。


 俺達が入学したのは、何の変哲もない普通の小学校。異世界にあったような、何かしらの育成機関などではない。周りにいるのも、妖の存在など知る由もない一般人の子どもばかり。俺達退魔師にとっては、守るべき対象である。


 多少フォーマルな服装に身を包み、胸ポケットには式典用の花飾り。いったい何年ぶりになるのだろう。俺はこの日、入学式にのぞんでいた。


 式典自体は異世界でも経験したものの、日本だろうが異世界だろうが、この手の催しは退屈で、手持ち無沙汰になるものだ。お偉方の長ったらしい話を聞き流しながら、俺は周囲を見渡す。


 誰も彼も、締りのない顔。当たり前に日々の平和を謳歌している弊害だろうか。集中力の続かない子ども達ならまだしも、教員達ですら、中にはあくびをかみ殺している者もいる。「平和ボケ」という言葉が浮かんで来るのだから、俺の感覚はすっかり異世界基準に染まっているようだ。


 無駄に長いだけで面白みのない入学式を終えれば、次はそれぞれクラスごとの教室に移動してのオリエンテーション。今後の予定の説明や、教科書を初めとした、各種の配布物が配られる。


 中にはタブレットと言った精密機器も含まれているのだから、俺からすれば驚きが隠せない。転生前の俺の世代では、1人に1台のタブレットが与えられる時代が来るなど、考えもしなかった。比較的安価な大陸製とは言え、情報端末としては申し分ない。スマホが与えられていない俺にとっては、これ以上ない便利アイテムである。せいぜい有効的に活用させてもらうとしよう。


 などと感慨かんがいふけっていると、タブレットの電源が勝手にオンになり、何やらメッセージを着信した。よくよく送信者を見てみれば、相手は父親。「はて?」と、メッセージを開いてみると、そこには「至急合流されたし」の一文。どうやってこの端末のへのアクセス手段を確立させたのかは不明だが、とにかく用件は伝わった。


 こんなタイミングでいったい何事か。と思ったものの、至急と言われれば急がざるを得ない。担任の話を遮る形にはなってしまうが、俺はすぐさま、右手を上げて、その旨を教員に伝える。


「あの、先生!」

「何ですか、八神君。話の途中ですよ?」

「はい。おっしゃる通りなのですが、父から連絡がありまして」


 すると、教員は事情を察したようで、すぐに話を切り替えた。


「そういうことならわかりました。今すぐにお父上の指示に従いなさい」


 どうやら、うちの家系の家業については教員も把握しているらしい。別クラスになった夕菜の方も、恐らく話が通っているのだろう。


 周りのクラスメイトには悪いが、ここは早退をするしかないようだ。俺はすぐさま荷物をまとめ、教室を後にする。すると、隣の教室から、ちょうど夕菜が顔を出したところだった。


「……あんたも呼び出し?」

「ああ。まさかこんな日に、こんな形で呼び出しがかかるとは思ってなかったけど」


 火急の事態故、廊下を走っているということには目をつぶって欲しいところ。手早く下駄箱で靴を履き替えて、そのままの勢いで校門に向う。


「何よ! 校門、閉まってるじゃない!」

「そりゃ防犯とかいろいろあるんだろ! いいから、飛び越えるぞ!」


 俺と夕菜は一気に加速し、そのスピードを維持したまま走り高跳びの要領で校門を跳び越し、空中で身体を捻って足から着地。勢いを殺さないまま、次の1歩を踏み出して、指定された集合場所へと急いだ。


 多少荷物がかさるものの、普段から鍛えている分、重量的には大したことはない。そのまま走り続けること10分ほど。ようやく指定された合流場所に辿り着く。


「……来たか」


 そこに待機していたのは、見覚えのある、父を始めとした八神家の腕利きが5名と、夕菜の父親を含めた冴杜家の精鋭が5名。いずれも戦闘準備万端と言ったちで、先程までいた学校の雰囲気との格差が凄まじい。


「急に呼び出すなんて、いったい何なのさ。まだオリエンテーションの途中だったのに……」

「すまない。火急の自体だが、2人にはぜひ参加してもらおうと思ってな」


 そう言った父が俺に手渡したのは、真剣だった。刃を落とした鍛錬用ではない。世界最高の切れ味を誇るとさえ言わしめた、正真正銘本物の日本刀である。


「父さん。これ……」

「お前の刀だ。知り合いの名匠に頼み込んで打って貰った一級品だぞ?」


 俺は学校の荷物をその場に下ろし、刀を受け取った。両手にかかるずっしりとした重み。小学生が持つには大振り過ぎるサイズだが、一般的な日本刀のサイズと言える。


めいは『霞一文字かすみいちもんじ』。必ずや、お前の力になってくるだろう」


 ここで実戦用の武器を渡されると言うことは、恐らく時が来たのだ。退魔師としての仕事、通称「お役目」をになう時が。


 俺は手にした刀を強く握り、務めて心の平静を保つ。実戦に出る時は、いつも神経が昂るものだ。例え相手が格下であろうとも、油断すれば命を落す。実戦とは命のやり取りに他ならないのだから、生存本能が働き、精神が高揚するのは仕方のないこと。それを上手くコントロールし、冷静さを保つことが、一流の戦士になるための第一歩と言えよう。


 準備不足はないか。心構えは充分か。そんなことが脳裏を過ぎるが、目の前に迫った実戦が先延ばしにされることはない。俺は覚悟を決めて、父の言葉に頷く。父は満足気に笑みを浮かべてから、作戦内容の説明に入った。

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