第54話 ギリギリの攻防

 相手より速く、こちらの一撃が入る。が、服スレスレのところで防御術式に阻まれた。全盛期と比べるまでもないほど弱体化しているとは言え、俺の一撃を防ぐとは、なかなかやる。これでも彼女を真っ二つにするつもりで放ったと言うのに。


 こちらの攻撃が防がれれば、次に待つのは相手の一撃。音を置き去りにして迫る刃を、相手と同様、防御術式で防いでやった。


「上手く置換されてるけど、やっぱり本質はこの世界の術式とは違うね」


 いずれは誰かが見破ると考えてはいたが、まさかこれほど早い段階でそれが起こるとは。こちらの素性がバレているという前提条件があるとは言え、術式の構成まで見通してくるなど思っていなかった。


「私の知らない異界の術式。すごい。すごいよ。いったい何で構成されているのかな?」


 流石に魔力などは感知出来ないらしい。それはそうだろう。そもそも、魔力を感知するという感覚がないのだから。俺だって、最初の転生の時は、魔力を知覚するのに何年もかかった。チート能力を与えられていてそれなのだから、それがない彼女には到底無理な話だろう。


「お喋りばかりしていると舌を噛みますよ?」


 俺は一度刀を引き、次の攻撃を繰り出した。先ほどの斬撃よりも更に鋭く、速く。錬気功をこれでもかと練り上げ、身体能力を極限まで向上。呼吸のテンポを変え、タイミングをずらし、斬り上げと斬り下ろしをほぼ同時に行う。


 あぎと。かつていた世界で、そう呼ばれていた技だ。純粋な剣技による、二方向からの同時攻撃。これを防ぐことの出来た剣士は、そういなかった。


 だが、彼女はそれを容易くやってのける。自身の刀を使い、俺の剣筋を僅かにずらしたのだ。あのタイミングからこちらの呼吸に合わせてくるとは、流石のセンスと言わざるを得ない。若手ナンバーワンと言われる訳である。


「いやいや、君はこんなもんじゃないでしょ? もっとギア上げて行こうよ!」


 今度は彼女が剣を振るう。およそ人の身では到達出来ない剣撃の境地。三方向からの同時攻撃。誤差は、ほぼない。三方向から迫る円弧えんこが、俺の逃げ道を封じた。


 ならば後ろに下がるかと、背後に意識をやるものの、そこには先ほどと同じ遅延術式の気配。下がることも無理となれば、後は技を受け切るしかない。


 俺は目を見開き、三方向から迫る円弧に、それぞれ刀を合わせる。が、一撃一撃が重い。本当に女性の細腕が放った技なのか。余裕があれば反撃も考慮に入れていたのだが、これでは防ぐので精一杯。ギリギリのところで、相手の斬撃を三つとも打ち払うことに成功した。


「……まだまだ!」


 隙を見せれば、相手に攻撃の隙を与えてしまう。こちらが防戦一方になっている間に、彼女は、よりテンポを上げながら攻撃を仕掛けて来た。


 斬撃の嵐。速度は元より、威力も常軌を逸している。これが巫力を存分に使った戦い方なのか。これほどまでに惜しげもなく巫力を使う相手を、俺は見たことがない。


 圧倒的な力を保有しているからこそ可能な、強者の戦い方。かつては俺もあちら側だった。しかし、今は違う。凡人として生まれ、それでもこの世界で生き、平穏な隠居生活を送るために、努力を重ねて来た。なればこそわかる。彼女がこの領域に至るまでに積み重ねた時間と努力。才能だけでは辿り着けない領域に、彼女はいるのだ。


 だからこそ惜しい。生まれ持った特異体質に精神を蝕まれてなければ、彼女は退魔師として、この先の日本を支える柱となり得たであろう。だが、彼女はそうはならなかった。力に魅入られ、心は闇に堕ちたのである。


 ならば、そんな彼女に引導を渡すのは、これまで数々の世界を救って来た俺の役目。この場で彼女を斬り、この世界のバランスを保つ。俺自身の平穏な生活は、それからだ。


「……終わりにしましょう、清雫しずくさん」


 強大な力を制するのは、やはり強大な力なのである。今この時、俺は覚悟を決めた。全力のその先。俺の持つを持って、彼女をほふると。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る