第55話 全力の、その先
力には、プラスとマイナス、二つの方向性がある。単に全力と言った場合、これはプラス方面の力を差すのが一般的だ。
対して、マイナス方面の力と言うのは、能力の反転。本来とは真逆のベクトルに力を行使することで、異なる事象をもたらすことが出来る。
俺が言う全力のその先と言うのは、プラスとマイナス、その両方を同時に行使する離れ技。プラスとマイナスと表現している以上、この両者は、ぶつかると双方打ち消し合う性質を持つ。この時、周囲にあるものを巻き込むので、局所的ながら、単純な破壊力では片方の力では出せない威力となるのだ。これを対消滅現象と呼ぶ。
ただ、この対消滅現象は扱いが非常に難しく、意図してコントロールするのはほぼ不可能と言われていた。俺がこの領域に踏み込むことが出来たのは、ひとえに何度も転生を繰り返し、研鑽を重ねて来たからである。
絶技。そう名づけた対消滅現象を使った技は、剣技に乗せることで初めて成立する。要領としては、
対人は元より、魔物、金属、そして空間に至るまで。全てを斬り伏せる、防御不能の必殺技。試したことはないが、神が相手なら神をも斬ることが叶うだろう。
故にこそ、普段は決して使わない禁じ手である。あまりに強大過ぎるため、使えば、必ず周囲に深い傷跡を残すのだ。それは空間を隔てた術式を使っていても同じこと。空間すら斬り伏せる一撃は、結界すら斬り裂き、その向こうにある元の世界にも影響を与える。もしかしたら、無数に存在すると言う平行世界にすら、その太刀筋は届いているかも知れない。
俺は一度、刀を鞘に納め、抜刀術の構えを取った。振るうのは2回。それも、正真正銘、全く同時の二撃。人の域にて次元を屈折させる、剣撃の極地。そこに一切の救いはない。放たれたが最後、刀が通ったあとには何も残らない、究極の死がそこにある。
「抜刀術か~。いいよ。今まで見せてくれた能力は大体覚えたし、付き合ってあげる」
よくもまぁ、軽々しく覚えたなどと言ってくれるものだ。こちらが長い年月をかけて習得した技や術式をこうもあっさり習得されては、こちらの立つ瀬がない。
が、それもここまで。
彼女は俺に付き合う必要がなかった。その遊び心こそ、最大の隙。際限のない欲求は己を滅ぼす。彼女は、力を持つには若過ぎた。
先に動いたのは俺。彼女は俺を迎え撃つ気でいる。だが、彼女が何をしようと、俺の勝ちは揺らがない。この技を防ぐ手段など、全世界を探したとて見つからないのだから。
彼女が放ったのは、先ほどの倍の剣撃。ほぼ誤差のない、6つの
刹那。次元が歪む。俺が放った二筋の閃光は、歪んだ次元の中で1つに重なり、一筋の
太刀筋そのものは、彼女にも見えていただろう。だからこそ、彼女は驚いたはずだ。手数も剣圧も、俺より勝っていたのである。押し負けるはずがないと、彼女は考えた。
しかし結果は否。届いたのは俺の一撃。それも、自動で発動した防御術式をものともせず、彼女の胴を両断した。だが、俺の攻撃はまだ終わりではない。確実に命を絶つまで、攻撃を手を緩めるようなヘマを、俺は犯したりしないのだ。
横に振り抜いた刀を素早く上段へと持ち上げ、そのまま同じ要領で絶技を放つ。剣先は見事、彼女の頭部を中央から捕らえ、そのまま股下まで、一気に斬り裂いた。
何が起こったのか、彼女は理解する間もなかっただろう。そしてこの先、自身の敗北を悟ることもない。十字に斬り裂かれた彼女の身体と、そこにあった空間。世界そのものに深い傷を残し、今宵のダンスは幕を閉じた。
「……不知火」
俺は彼女の痕跡すらも残すまいと、辺り一帯を不知火で消し飛ばす。
ともあれ、これで俺にとっての敵は排除されたのである。当面の間は平和になって欲しいものだ。そんな淡い期待とともに、俺はその場を去る。あとに過ぎ去った風は、どこか重たく、哀愁を帯びている気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます