第56話 その後の展開

 その後、何やかんやあって、篠崎しのざき家は証拠不十分により無罪放免。突如行方不明となった天宮あまのみや清雫しずくの捜索も打ち切られ、俺達は以前の日常を取り戻していた。


 休み時間の教室のベランダ。壁にもたれかかりながら、夕菜が言う。


「結局、何だったってのよ。あんなに大騒ぎしてた割には、どの家も証拠不十分で無罪とか」

「まぁ、調べてみて何もなかったんだから、それでいいじゃないか」


 実際は、全ての元凶であった清雫がいなくなったことで、無理に動かされていた家々が開放された結果だろう。仮に脅されていたりしたとしても、不祥事を起こしたとなれば退魔師としての信頼は失墜する。黒幕からの圧力がなくなったのだから、知らぬ存ぜぬで通すのは道理と言えよう。


 あれからと言うもの、五柱に対する妨害工作などは、一切なくなったらしい。おおやけにされていないとは言え、一時的に五柱から直接監視を受けていたのだから、何かしら察したと考えるのが妥当か。俺の周囲に頻繁に現れていた妖も、これまでとは違い一気に数を減らし、実際の遭遇率はこんなものかと少し拍子抜けしたのは、俺の中だけの秘密である。


「……何て言うか、暇ね~」

「病院、警察、退魔師が暇なのは、世界が平和な証拠だろ?」

「それはそうだけど、あれだけあったお役目が急になくなったんじゃ、手持ち無沙汰にもなるじゃない」

「ブラック企業から解放された社畜みたいな言い方するな~。俺達の仕事は歩合ぶあい制じゃないんだし、仕事が減ったから給料が減るってもんでもない。平和な日常を送るだけでお金がもらえるんだから、文句なんて言ったら罰が当るよ。それに――」


 事態が収束したことで、出来ることも増えた。長期休暇中に限った話ではあるが、イザナギから本土に渡る許可が下りたのである。これで実家への帰省はもちろん、天理の墓参りにも行けるようになった訳だ。まだだいぶ先の話になってしまうが、これでようやく線香の一本も供えてやれる。


「それに……何よ?」

「いや、こっちの話」


 ここで天理の話題を持ち出して、夕菜の怒りを再燃させるのは得策ではない。もう少し時間を置いてから、時期が来たらそれとなく誘うことにしよう。


 その時、教室側から、夕菜を呼ぶ女子の声が聞こえた。


冴杜さえもりさ~ん、別クラスの男子からお呼び出しだよ~」


 苦虫を噛み潰したような顔をする夕菜。以前から度々あった、男子からの呼び出し。その理由は、彼女の整った容姿を見れば、言うまでもなかろう。


「ほら、呼ばれてるぞ?」

「……あんた行って来てよ」

「何で俺なんだよ。呼ばれてるのはお前だろ?」

「あんた、バカ? 断る口実になりなさいって言ってるの!」


 どうやら、夕菜としては、俺に彼氏の真似事をさせ、呼び出した男子にお断りの返事を入れろと言いたいようだ。


「俺とお前は、そういう関係じゃないだろ。そういう雰囲気になったこともない」

「それはあんたのガードが固過ぎるからでしょ!」


 彼女はいったい何を言っているのだろう。別に、彼女から向けられた好意を防ぐような真似をしたことはないのだが。そもそも、夕菜が俺に好意を抱いているような素振りを見せたことなどあっただろうか。


「意味がわからん。とりあえず、直接想いを伝えると決意した人間に対して、不誠実に接するのはいかがなものかと、俺は思うぞ?」

「……あんたの恋愛観って独特よね? 今時、告白って言うのは、お互いの想いの確認であって、一方的に気持ちを伝える場ではないんだけど?」

「……え? そうなのか?」


 それは知らなかった。と言うか、夕菜はここまで恋愛と言うものに興味があったのが驚きである。もっと、そういうことにはストイックな人間だと思っていた。俺もまだまだ、人間観察のレベルが低いらしい。時勢に合わせた価値観のアップデートと言うものを、上手く取り入れなければならないようだ。


「そうなのよ! という訳でほら! さっさと行って来て!」

「いや、その流れはおかしいだろ! 俺が行く理由になってない!」

「ああ~、もう! あんたはあたしよりも弱いんだから、大人しく言うこと聞いてればいいのよ!」

「何だよ、その理屈! それなら、俺の方が強かったら、お前は何でも言うこと聞いてくれるのか!?」

「バッ――!? 何でもとか、そんなのある訳ないでしょ! バカ! エッチ!」


 そんなやり取りをしているうちに、呼び出しの仲介をしていた女子がベランダまでやって来る。何やら温かい目でこちらを見つめているというか、どうにも心境が読みにくい。


「冴杜さん。さっきの呼び出しだけど、本人がもういいってさ」

「……はい?」

「今の2人のやり取りを見て、諦めたみたいよ?」


 つまるところ、図らずも俺は夕なの相手役として機能し、結果として男子生徒は自ら敗北を悟ったと言うことか。実際はそんなことないのに、悪いことをしたかも知れない。


 この後、夕菜は恥ずかしさからか、俺にきつく当り続けた訳だが、これが彼女なりの好意の伝え方なのだろうか。だとしたら何とわかりづらいと言うか、思春期に入りたての男子小学生のようである。これに今後も付き合わされるとなると少々気が重いが、それもそのうちに変化して行くだろう。時間の流れと言うのは、得てしてそういうものだのだから。


 とりあえず、大きな脅威は去り、平穏な日常を手に入れた俺。隠居するにはまだ若過ぎるので、すぐにとは行かないが、このままの平和が長く続いてくれれば、ゆくゆくは後方で後進育成の役割でも担って、悠々自適に暮らせるはず。


 などと思っていた時期が、俺にもあった。数日後には、また次の事件に巻き込まれる羽目になるのだが、それはまた別の話。その時が来たら、また語ることになるだろう。


                            完

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100万回転生した勇者は引退したい~女神の使徒とやらに任命されて幾星霜。何度も世界を救ってきた俺がいい加減隠居したいとチート能力なしで元の現代日本に転生させてもらったのに何やら様子がおかしい!?~ C-take @C-take

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