100万回転生した勇者は引退したい～女神の使徒とやらに任命されて幾星霜。何度も世界を救ってきた俺がいい加減隠居したいとチート能力なしで元の現代日本に転生させてもらったのに何やら様子がおかしい！？～

第53話 人魔王

　人の身でありながら、魔へと堕ちた存在。その中でも、超常的な力を持った者に付けられる呼称。

　退魔師界隈において、若手ナンバーワンと言われた実力に加え、他者の運命をその目に映すと言う特異魔導保有者。運命が見えると言うことは、そこに介入することで、その相手の運命を捻じ曲げることも可能だろう。根拠はないが、彼女がそれを躊躇なくやる人間であると言うことは、今の笑みを見ればわかる。

　とにもかくにも、まずは彼女が呼び出した妖を何とかしなければならない。大よそ人型をしている妖達は、これまで戦ってきた妖の集大成と言えるはず。相手の目論見通りに動くのは癪（しゃく）だが、力の出し惜しみをしていては、こちらがつぶされかねない。

　俺は素早く印を結んで、黒曜天蓋瀑布（こくようてんがいばくふ）を発動させる。この場にいるのが、俺と敵だけだからこそ可能な、空間術式だ。

　夜の帳（とばり）が下りるように、辺りが真っ暗な空間に塗り変わる。これから何が起こるにせよ、こうして備えておけば、周囲に影響は出ない。

「この術式は見たことがあるね。空間を断絶して、内部を自ら創造した別空間へと置き換える術式。中から見るのは初めてだけど、これはなかなか大した術式じゃない」

「……ここなら、あなたが何をしでかしても、実際の世界には何も影響しませんから」

「大規模破壊に特化した固有結界と言う訳ね？　巫力を使わずに、この規模の結界を張るなんて、やっぱり君は面白い」

　この術式の本質を、一目見ただけで理解してくる。やはり彼女は、生まれながらにして、この世界の理の外を見通しているようだ。あまり時間をかけていると、こちらの術式を解析されかねない。

「あなたに対して手加減をする余裕はない。最初から全力で行きます」

　彼女から伝わる圧迫感。巫力に換算すれば、恐らく億は下（くだ）らない。普段は巫力隠蔽で、本来の巫力値を誤魔化していたのだろう。

「不知火（しらぬい）！」

　黒曜天蓋瀑布と同時に仕込んでいた超広域破壊術式を発動させ、こちらに向かって来る妖を一掃した。これで彼女も巻き込まれてくれればいいのだが、そう簡単には行かないはず。

「これが異世界発祥の破壊術式か～。いいね～。こういうのもっと見せてよ」

　案の定、彼女には傷１つない。それどころか、初めてプラネタリウムを見た子どものようにはしゃいでいる。

　不知火で対処出来ないとなると、後は近接戦で破壊術式を直接叩き込むくらいしかない。俺は刀に手をかけ、一気に抜き放った。

「おやおや。次はダンスなの？　いいよ～。付き合ってあげる」

　同じく刀を手にした彼女と対峙する。隙は、ない。下手に踏み込めば、こちらが真っ二つにされる未来しかないだろう。流石は若手最強と言われただけはある。

「……来ないの？」

「よく言いますよ。遅延発動の術式を、地雷として置いてるじゃないですか。踏み込んだら、その場でこちらがミンチになります」

「……見えてるんだ。いいね。久しぶりに胸が躍る」

　彼女はすぐさま術式を解除して、わざわざ俺が踏み込む道を用意してくれた。

「これでどう？　夜の舞踏会にはちょっと早い時間だけど、君のおかげで周囲は真っ暗だし？　舞台としては悪くないと思おうよ？」

「……では一曲お付き合いいただけますか？　レディ？」

「ちゃんとエスコート出来なかったら、減点だよ？　私の王子様？」

　不敵に笑う彼女の間合いに、俺は一足飛びで踏み込む。もちろん、彼女の考えるであろう、あらゆる手、あらゆる仕込みに対処出来るよう、自分の動きを客観視することを忘れない。

　凡人能力で生まれた俺が、超絶的な才能へと挑む始めての瞬間。恐れはないが、思うところなら沢山ある。彼女の戯（たわむ）れの結果、いくつもの退魔師の家系が、その行く末を狂わされ、そして、笹原（ささはら）天理（あまり）が命を落とした。

　怒り。と括（くく）るにはあまりに膨大な感情。それでも、その感情に飲まれてはいけない。力持つ者が個人的な感情でその力を振るい続けた結果がどうなるかは、これまで散々目にして来た。

　いつだって、俺はそれを止める側。最早慣れたこと。平穏の望んでこの日本に転生したのに、また同じことをするのかと思うと泣きたくもなる。それでも、ここは俺が何とかしなければならない場面だ。

　錬気功で極限まで高めた身体能力を持って、彼女の懐に踏み込む。同時に振り下ろされる彼女の一撃をしっかりと目で捉えながら、俺は、これまでの全てを込めた一撃を、彼女の胴に向けて放った。