第52話 本当の敵

 思っていたよりも近い。相手の術の効果範囲の問題か、それともこちらの逆探知の精度でも測っているのか。どちらにせよ、近くにいるのなら、顔くらいは拝んでおこう。


 俺は術式で篠崎しのざき家の人間を拘束し、すぐさま黒幕の元を目指した。場所は、この河川敷をもう少し上流に行った辺り。全く人気ひとけのない場所にいるところを見るに、俺との戦闘を、最初から考慮に入れていたのかも知れない。


「やっぱり、あなたですか」


 真の黒幕を前に、俺は小さくため息をつく。出来ることなら、そうあって欲しくはなかった。仏教の用語に『獅子しし身中しんちゅうの虫』と言う言葉があるが、今回はまさにそれ。五柱の敵は、同じ五柱の中にいた。すなわち。


天宮あまのみや清雫しずくさん」


 そう。俺が最初に受けた妖の襲撃から今日に至るまで。その全てに関わっていたのが、目の前の彼女――天宮清雫だったのだ。俺が始めて巫力測定を受けたあの日、天宮の結界をすり抜けて賊が侵入したのも、彼女の手引きであったと言うのなら話が早い。内側から招かれているのだから、当主である創玄そうげん氏に感知出来なかったのも当然である。


「いやはや。こうもあっさり辿り着かれるとは思ってなかったんだけどな~。やっぱり、この世界の理を超えた力を持った人は違うね」


 俺が異世界からの転生者であるということを、全貌とは言わずとも、把握しているようだ。そうでなければ、彼女が俺に目をつける理由も特にはないのだが、であれば、彼女はいったいどの段階で、俺が異世界からの転生者であるとわかったのだろう。


「まぁ、ここまで辿り着いたんだから、ご褒美に種明かしくらいはしてあげるよ」


 清雫は自身の目を指差しながら、こう続けた。


「私の目はね? 生まれつき他人ひとの運命が見えるの。いろいろと文献は漁ったんだけど、この目に関する記述はなくてね。最初は随分戸惑ったけど……」


 後天的に覚えた術式ではなく、生まれつきの能力と言うことならば、それは異世界で言うところの、特異魔導保有者である。この日本でそういった人物と出会うのは初めてだが、彼等は生まれつき異質な能力を持っているが故に、その精神が歪みやすい。


 一方で、他者とは違うという優越感。もう一方では、わかり合える者がいないという虚無感。その双方に挟まれ、落ち着く場所を失った自我は、大抵の場合、ろくな成長をしないのだ。


「私は思ったの。これはこの世界の力じゃないんだって。そう思ったら、心がスッと軽くなった。こことは違う世界には、もっといろいろな力がある。そんな力を持った人となら、わかり合えるかも知れない」

「その目で、八神やつがみ大河たいがの元に、俺が息子として生まれることを知ったんですか?」

「その通り。だからずっと待ってたんだよ、君が生まれて来るのを。大した巫力もないのに、数々の術式を行使する君は、私にとっては唯一の救いだから」


 だったら、さっさと直接接触してくればいいものを、彼女はそうしなかった。わざわざ妖を差し向け、刺客を送り、俺の能力を測ろうとしたのである。とてもまともとは言えない。


「ねぇ、君の能力の根幹は何? その能力はどこまでのことが出来るの? 私にも使える? 教えてよ」


 そう言って、彼女が右手をこちらに向けると、それを合図にしたかのように、無数の妖が、俺と彼女の間を埋め尽くした。


 なるほど。妖を操る術式は、彼女もまた使えるらしい。いや、彼女こそが始祖と言うべきか。これまで俺が見てきたそれとは、まるで次元が違う。これほど多くの、それも強力な妖をいっぺんに操るなど、これまでの相手はして来なかった。


「仮に、それを教えたとして、あなたはそれを何に使うんですか?」

「何って、そんなの決まってるじゃない」


 歪な笑み。顔が整っているからこそ、その歪さが際立つ。これは人間が浮かべていい笑みではない。魔に取り付かれた、人であることをやめた、人外の笑みだ。


「みんなにも教えて、同じにするの。みんな仲良く、平等に。同じにならない人間は要らない。だって争いの素になるもの」


 ああ。いつか見た光景を思い出す。


「だから、見せて。あなたの力、全部!」


 かつて俺がいた数々の世界。そこでは、彼女のように成り果てた者を、こう呼んだのである。


 人魔王じんまおうと。

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