第11話 魔法の訓練

 これまでの身体的鍛錬は引き続きおこないつつ、俺は修行を次の段階に進めることにする。ある程度まとまって魔力を使うことが出来るようになった今だからこそ出来る修行。すなわち新しい魔法の習得だ。


 いくら過去の知識があるとは言え、この日本でそのまま魔法を使おうものなら、悪目立ちすることは必至。なので、あくまでこの日本の体系に合わせた形に作り替える必要がある。


 これまでに手に入れた情報から察するに、退魔師の間で広く使われている術式の体系は「木」「火」「土」「金」「水」からなる五行、陰陽道に通じているようだ。対して、俺の記憶にある魔法は「火」「水」「風」「土」「氷」「雷」「聖」「魔」「光」「闇」「無」「時間」「空間」の13属性。一部重複しているような属性もあるが、魔法の性質が異なっているので別属性として挙げた次第である。


「我ながらよくここまで鍛えたものだよな。最初の頃は、新しい魔法を覚えるたびに喜びで跳び上がってたっけ」


 多少手間はかかるものの、それらの属性を上手く整理、改変して、上手いこと5属性に収まって見えるように調整しなければならない。元々近い属性のものはまとめてしまうとして、問題は5属性では説明の出来ない魔法をどうするかだ。


 どの属性も、実戦においては有用なものばかり。捨て置くにはあまりに惜しい魔法だ。とは言え、異世界の言語で詠唱をおこなう訳には行かないし、そもそも、異世界の言語で発した詠唱が、この日本で正常に機能するのかという問題もある。無詠唱でも使える程度の初級魔法ならともかく、詠唱が必須の超級魔法ともなれば、きちんと実情を把握しておく必要があるだろう。


 こればかりは他者に見られる訳には行かないので、まずは魔法遮断と音声遮断の魔法障壁を重ねがけして、家の庭でこっそりと魔法研究に勤しんだ。まず取り組んだのは空間魔法。これが上手く使えれば、魔法の訓練を行うのに必要な、他人ひとがおらず、周囲に影響を与えない、孤立空間を使用することが可能となる。


 まず異世界の言語そのままで詠唱してみたが、結果は失敗。詠唱の途中で魔法式がぶれてしまい、魔法は発動しなかった。


「う~ん。言語と魔法式のイメージが、この日本だと上手く調和してない感じだな」


 やはり世界が変われば事情も変わるということか。それならばと、今度は詠唱を日本語にやくして挑戦してみる。


は、この世の原初にして、無窮むきゅうて。辿り着くことあたわずの静かなる理想郷にわ。されど我は求め訴えたる。積み重ねし人のごう。魔導の深淵。その一端をって、かの地へ至る道を切り開かん。我が魔力をかてに、無限を超え、今一時ひとときの永遠を此処ここへ」


 魔力回路が活性化し、淡いみどりの光を放った。どうやら滞りなく魔法式が組み上がっている。これならば、魔法は成功するはずだ。


今は静かなる無窮の果てガーデンズオブアルティネイト


 瞬間。俺の周囲の世界が塗り変わる。世界を隔てる壁の出現とともに、その内側に最果ての理想郷にわを召喚したのだ。周囲と隔絶されたこの空間にいるのは、今は俺1人。ここならば、どんなに強力な魔法を放とうとも、周囲に影響は一切出ない。


 何せ、元は神格級の魔獣を封じ、個別に撃破するのに使われる、空間隔絶魔法だ。そんじょそこらの結界とは訳が違う。文字通り、世界を隔てる壁。この世界の原初にして、絶対不変の空間城塞じょうさいである。


「……見たところ不備はなさそうだな」


 魔力のほつれや魔法式のほころびは見られない。魔法は完璧に組み上がっている。この調子であれば、他の魔法も同じように使用が可能だろう。


「魔力を食うから一日に何度もは使えないけど、これで魔法の研究はやりたい放題だし、時間魔法も併用すれば、一日あたりの修行時間も延ばせる。しばらくは入り浸りになるな、こりゃ」


 魔法を使えば魔力を消耗し、それを繰り返すことで魔力の総量は増える。それを今までよりも大規模でおこなえるぶん、成長速度は一気に上がるはずだ。錬気功の鍛錬も平行しておこなえば、そう遠くないうちに、文字通り鋼の肉体が手に入るだろう。


 物理攻撃耐性の向上は、怪物を相手にする時の基本中の基本。防御力はいくらあっても困らない。大事なのは、いかに自身がダメージを受けずに、相手にダメージを与えるかだ。いくら相手を倒しても、相討ちでは意味がないのである。


 そんな訳で、俺はこの空間魔法と時間魔法を存分に使い、限界まで自分を追い込み続けた。全ては、この日本で生き延びるため。理想の隠居生活を夢見て、今はただただ修行に明け暮れる。


 おかげで、1ヶ月もしないうちに、粗方の魔法を現代日本アレンジすることに成功。初級、中級、上級、超級とあった区別は取り払い、術式の強度によって、新たに表と裏の区分を設けた。


 基本的には表に分類した術で対処。それで足りない時は、その都度の状況に合わせて裏の術も使用して行くスタイル。ただし、裏の術式については他者に目撃されてはならないという制限付きだ。そうでもしないと、この術式を手に入れようと接近してくる者が現れかねないと思ったのである。


 この時の俺の戦闘力は、異世界で言うところの騎士団長レベル。あくまで一般人が到達出来るラインだ。まだまだ、かつての俺がそうだった英雄クラスには程遠い。そんな風に思っていた。


 もちろん。俺は知らなかったのである。異世界における一般人のレベルが、この日本の一般人に比べて、遥かに高かったことを。


 父や夕菜が特殊な事例であっただけで、それに並ぶと言うことが、どんな意味を持っているのか。それを早くに知っておけば、ここまで大事になることはなかっただろうに。

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