第12話 錬気功の極地
あれから2年が経った。
5歳を迎えた俺は、今も修行に明け暮れている。この
さて、修行の進捗度合いとしては、基礎鍛錬過程はいよいよ大詰めと言ったところ。空間魔法と時間魔法の併用により、通常の何倍もの密度で修行を重ねた俺は、5歳にして、
錬気功の仕上がりも上々。今なら、例えミスリル製の防具の上からでも、確実に相手を仕留める打撃を放てるだろう。もっとも、この日本にはミスリルなんて言うファンタジックな金属は存在していないので、もっと容易く打ち抜けるだろうが。
「よし、あとは遠当ての奥義が使えるようになれば、とりあえず錬気功の修行は充分だろ」
もちろん、
俺は対戦相手を深く、深くイメージする。仮想敵は父親と夕菜の2人。俺が知る限りの、最強戦力たる2人だ。転生当初の目標からはだいぶずれている自覚はあるものの、調べれば調べるほど、妖という存在の戦力が未知数であるため、こうして自身を鍛え上げ、生存率を上げる他ないという結論に至った訳である。
ちなみに、俺はまだ、この仮想敵であるこの2人の組み合わせに勝ったことはない。これまでに数多くの戦士を見て来た俺からしても規格外の強さを誇る父と、日々才能を開花させ成長して行く夕菜の組み合わせは、下手な魔王なんかよりもずっと強大な戦力と言える。
この2人の組み合わせに勝つことが出来れば、俺は自身を持って退魔師としての
「さて、始めますか!」
俺が脳内で戦闘思考のスイッチを入れると、想像上の2人は早速俺を攻撃し始める。
最初に来るのは、速さで勝る父。神速とも呼ばれる踏み込みは、来るとわかっていても対処が難しい。俺が父の剣撃を木刀で受け止めると、剣圧によって生み出された風が、爆発したかのように後方に
凄まじい一撃。少しでも気を抜けば、木刀ごと一刀両断されるに違いない。しかも、まともに受ければ体格で劣る俺に勝ち目はないので、何とか剣圧を逸らし、父の剣を捌くことに成功した。
だが、それで終わりではないのが、この戦い。父の動きを止めたとて、敵はもう1人存在するのである。猛烈に吹き
父の剣を抑えるのに両手を使っているので、俺の背中は完全に無防備。これを夕菜が見過ごすはずはない。的確に俺の死角に入りつつ、音速に迫る突きで、俺を串刺しにしようと
「お前なら、そう来るよな!」
既に衣服を貫きつつある、槍の先端。このまま何も出来なければ、そこで俺の敗北が決まる。それでも、俺だって伊達に
父の剣を木刀で絡め取り、その切っ先を地面に突き刺してやる。そのまま剣の峰を足で踏みつけてやれば、一時的とは言え父の剣を無力化することに成功。同時に身体を反時計回りに反転させ、夕菜の槍の軌道から、上体を外れさせた。
その時の回転を利用して、逆に夕菜の
だがしかし、今俺が相手をしているのは常人ではない。剣が封じられた父は、即座に剣を手放し、印を結んで術式を展開しているし、夕菜は夕菜で、俺が放った突きを左手で受け止め、こちらの動きを封じて来る。次の瞬間には父の術式が発動し、立ち上った炎の柱が、俺を焼き尽くすだろう。
完璧な連携。実際の2人が連携を取っているところなど、俺は見たことがないが、これはあくまで俺の想像上の2人。何も言わなくてもお互いが呼吸を合わせ、俺一人を確実に仕留めるための最善の動きをする。まさに最強のコンビネーションだ。
それでも、それに打ち勝ってこそ、俺は俺たり得るはず。何せこちらは、数多の異世界を救って来た大英雄。一度目の人生の途中を生きているだけの相手に、負ける訳には行かない。
父の術式が発動し、爆炎が立ち上る瞬間。俺は木刀を手放し、両手で円を描くようにして錬気功を練り上げ、上下から互い違いの形で手の平を打ち鳴らした。
「パン!」と乾いた音が響くと、圧縮された錬気功が弾け、俺を中心に全方位に衝撃が広がる。これこそが、全周囲に同時に遠当てを放つ、錬気功術の奥義の一つ。『
技の錬度にもよるが、虎咆の威力は基本的に練り上げた錬気功の量に比例する。今の俺が放てる最大威力は、せいぜい拳で殴る程度のものだが、全方位に同時に攻撃が出来るのだから、多人数が相手の場合は使い勝手が非常にいい。全盛期の俺ならば、虎咆一発で魔王城を丸ごと消し飛ばすくらいの威力は出せたものだが、チート能力のない今は、そこまでの威力に達することはないだろう。
ともあれ、虎咆は見事発動し、爆炎を始め、父と夕菜の幻影もきれいに消し飛ばしていた。実際の勝負であれば、拳の一撃程度の威力で止まる2人ではないが、これはあくまで、俺の想像内で
これでいつでも退魔師としての活動を始められる。あとは目立ち過ぎないよう力を加減して、状況に合わせて小出しにしていけばいい。適度に活躍し、かつ自己主張は控えめに。ある程度実績を積んだらさっさと後進育成に入ってしまえば、俺にとって夢の隠居生活の始まりだ。最初の人生で出来なかったあれやこれやを、存分に謳歌しようではないか。
そんな風に、期待に胸を躍らせつつ、俺はいよいよ、退魔師としての初任務の時を迎える。
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