第10話 メインの武器を決めよう

 冴杜夕菜と出会ってから数週間。流石に3歳では自由に外出という訳にも行かないので、彼女と合う時は父の同伴が必要だ。父に嘘をつくのは気が引けるものの、修行のために彼女の存在が欠かせないのだから、仲のよくなった友達に会いたいというていで、頻繁に冴杜家を訪れることにする。


 この日はちょうど、夕菜が槍の自主鍛錬を行っているところで、後学のためにとそれを見学していると、見られていることで気合が入ったのか、彼女は口角を少し上げながら鍛錬を続けた。


 槍と言えば、冴杜家が代々退魔師家業で使うメイン武器として扱われているのだが、夕菜は3歳にして相当の使い手であるらしい。彼女の槍の扱いは、まだ荒削りではあるものの、既に一流の片鱗を見せている。


 まるで目の前に、実際に相手がいるかのような動きは、とても3歳に出来るものではない。これまでの転生先で散々異世界の槍術を見て来た俺だが、彼女が槍を極めた時、その実力は各世界を含めてもトップクラスに入ると確信した。


「……見てるだけでいい訳?」


 不意に夕菜が口を開く。口振りから察するに、俺にも何かして見せろと言いたげだ。


 とは言え、今の俺は主に地力じりきを伸ばす鍛錬ばかりで、誰かが見て内容がわかるようなことをしていない。彼女のように、武器を手に持ったことがないのである。


「う~ん。それがさ。俺はまだ武器の扱いに関する鍛錬はやってないんだよ」

「はぁ? 何それ。武器は将来、あたし達の命を預けることになるんだから、今のうちから触れておいた方がいいに決まってるでしょ」


 言われて見ればその通り。これまでの転生でも、3歳頃には既に武器を手に取っていた。それこそ、四六時中鍛錬に没頭し、武器が手足の一部と思えるくらいまでやり込んだものだ。


「確かにそうだけど、武器って言ってもいろいろあるし」


 正直なところ。俺は大抵の武器は一通り扱える。これまでの転生先で、散々扱って来たからだ。しかし、今現在のこの身体の体力的に、当時の技のキレを100%再現することは出来ない。完璧に扱えるようになるには、体の成長を待つ他ないだろう。


「八神って言ったら、やっぱり刀じゃない? うちにある木刀貸してあげるから、ちょっと相手しなさいよ」

「え、いきなり?」

「せっかく2人いるんだから。個々でやるより実践的な鍛錬をした方がいいでしょ?」


 俺は父以外の剣は見ていないが、確かに八神の一族は代々刀を扱う者が多かったと聞く。それに倣う訳ではないが、とりあえず、久しぶりに刀を振るってみるのもありかも知れない。


 そういう訳で、夕菜から木刀を借り受け、その場で軽く振ってみた。


 真剣とはまた異なるものの、このずっしりとした重みは懐かしく、実によく手に馴染む。自分が子どもサイズなので、やや大き過ぎる感はあるが、それでも全く扱えないと言うことはないだろう。


「何よ。随分様になってるじゃない」

「そうかな。木刀なんて初めて持ったんだけど……」


 もちろん、「この人生では」と頭につくのだが、それを説明する必要はない。


 俺は木刀を正眼せいがんに構え、夕菜の前に立った。本当はもっとラフに構えるのが好みなのだが、ここで実力の全てを見せるつもりは毛頭ないので、あえて不慣れな正眼に構えた訳である。


 対する夕菜は、意気揚々と木槍もくやりを構えて見せた。多少荒は目立つが、思い切りのいい構えである。自身の槍捌きにそれなりの自身があるからこその構えと言えよう。


 対峙して数秒。なかなかかかって来ないと思っていたら、彼女はこんなことを言い出した。


「……何か不自然だけど、踏み込みにくいわね、それ」


 どうやら、本能的に俺の実力を嗅ぎ分けているらしい。3歳にしては、なかなかいい感覚を持っているではないか。将来有望と言われるのも頷ける。


 通常。刀と槍なら、リーチの長い槍の方が有利だと言われるが、それは返せば、リーチを生かせない状況に持ち込まれれば危ういと言うこと。俺はこれまでの経験上、リーチで勝る相手との戦いに慣れている。人間の数倍は大きい巨人種とだって、真正面からやり合って来た俺だ。今更槍程度のリーチに脅える訳もない。


「そうかな。適当に構えてるだけなんだけど」

「巫力はともかく、剣術の才能に関しては、腐っても八神ってことか」


 夕菜の中で俺がどんな評価を受けているのか、詳細はわからないものの、とりあえずただの出来損ないではないということは伝わったようだ。


「いいわ。ちゃんと相手してあげる。もちろん勝つのはあたしだけど」

「勝負が目的じゃないはずだけど?」

「細かいことはいいのよ。大人しく、あたしの槍術の練習相手になりなさい!」


 こうして、俺は夕菜の槍の練習相手として、これまで以上に密に冴杜家に通うこととなる。俺としては、敵が妖だけでない以上、対人戦も学んでおくべきと考えたので、これは願ってもないチャンス。これまでの魔力と錬気功を増幅させる鍛錬は続けつつ、折を見て父にも剣の稽古を付けてもらうことにした。


 母は「まだ早いのではないか」と反対する素振りを見せたものの、こちらとて命がかかっている以上は手を抜く訳には行かない。「体力づくりのためだ」などと適当な口上で母を納得させ、俺は鍛錬を続ける。


 この時の戦闘力は、異世界で言えば一般兵から上級兵に上がったくらいか。この日本ではまだ強力な妖とは遭遇したことがないので、ここで満足する訳には行かない。その考えこそが、異世界の考え方そのものであるという自覚のないまま、俺は鍛錬を重ね、数年後には他の追随を許さないほどの実力者として、華々はなばなしく業界デビューを果たすことになる。


 本当に、どうしてこうなった?

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