第17話 これも一つの因果応報

 いかにも楽しげな表情でこちらを見下ろす上級生達。対して夕菜は「ぐぬぬ」と歯を食いしばっている。今のところはどうすればいいのか迷っているだけの様子なので、とりあえずは見守りでいいだろう。


「彼氏の方はどうなのさ~。彼女には否定されちゃってるけど?」


 俺に矛先が向くのも想定の内。この手の手合いはこちらが過剰に反応すればするほどつけ上がるものだ。ここは冷静に、かつ適度に相手に満足感を与えるような返答をするのがよかろう。


「別にわざわざこんなところでデートなんかしなくても、こいつとは割りといつでも一緒にいるので」

「なぁっ!?」


 ところが、俺の返答に夕菜が過度に反応してしまった。的確に事実を述べただけなのだが、どうやら彼女は別のニュアンスで受け取ってしまったらしい。夕菜は顔を真っ赤にして動揺していた。


 俺達はまだ小学校に上がったばかり。恋愛話云々はまだ早いと思っていたのだが、夕菜の反応を見る限り、彼女は彼女なりに意識してしまっているようだ。女子の方が精神的に早熟なのは理解しているつもりだったが、どうやら見積もりが甘かったようである。


「ちょっ、あんた! 何言ってくれちゃってる訳!?」

「何って、事実しか言ってないだろ。学校では大体2人きりだし、帰ってからだって何だかんだ一緒にいるじゃん」


 主に一緒に修行をするためなのだが、それを上級生に伝える必要はない。下手にそちら方面に興味を持たれても困るので、むしろ修行云々は隠しておきたいところだ。


「別に、あたしは好きこのんであんたと一緒にいる訳じゃ――」

「まぁ、お前はそれでいいよ。俺がそうしたいから、一緒にいるんだし」


 上級生達の関心を満たすために、あえて言葉は選んだが、嘘はついていない。この状況で一番困るのは、上級生のからかいに腹を立てた夕菜が、この場で彼等を相手に大立ち回りをおこなうこと。


 そうならないよう、彼女の感情の向かう先が俺になるようにしておけば、仮に何かがあっても多少は対応がしやすい。彼女の反応を見る限り、嫌がっていると言うよりは恥ずかしがっている様子。恋愛感情とまで行かないまでも、思っていたよりも俺は気に入られているのだろうか。


 オットセイのように「あうあう」と喘ぐことしか出来なくなってしまった夕菜の様子を見て、上級生達は興味をなくしつつある。他者の恋愛模様を見て喜ぶのは、大抵の場合女子だけ。男子はむしろ、そういう状況を好ましくは思わないものだ。


「……何だよ。マジで付き合ってるのかよ」


 舌打ちをしながら、上級生達は窓辺から去って行く。小学1年生同士が付き合うなどと言う着地点があることに、俺は驚きを隠せないが、とりあえず夕菜が暴走する最悪の未来を避けることが出来たので、とりあえず結果は上々と言えた。


 とは言え、この妙な雰囲気をどうするべきだろう。夕菜はすっかり俺から恋愛感情を向けられていると思い込んでいるし、安易にそれを否定すれば、彼女の女としてのプライドを傷つけかねない。


 俺としては夕菜のことを気に入っている訳だが、今、彼女に向けている感情が恋愛のそれかと言えば、答えはノー。肉体的には同世代とは言え、流石に俺が小学生に恋愛感情を向けるのは、アウトだろう。


 すっかり黙り込んでしまった夕菜に、俺は改めて声をかけることにした。


「冴杜。俺が言ったことに嘘はないけど、あんまり気にし過ぎないでくれ。俺が気に入ってるのは、いつものお前なんだから」

「……いつものあたしって。いつものあたしは結構あんたにきつく当たってたと思うけど?」

「それでいいんだよ。努力の上に築かれた、根拠のある自信にあふれたお前を見ているのは気持ちがいいからな。まぁ、時々危なっかしくも見えるけど」


 気分を切り替えるためか、夕菜は両手で自分の頬を「パン!」とはたく。少し威力が強過ぎるようにも思えたが、それが今の彼女には必要だったのだろう。


「……あんたってさ。そういう妙に大人っぽいところあるよね。何なの?」

「そうかな。俺は普通にしてるつもりなんだけど」

「……あんた、今後女子にそういうところ見せるのやめなさい。碌なことにならないから」

「……わかった。肝にめいじておくよ」


 俺としても、別に女性を口説いて回りたい訳ではない。せっかくの最後の転生。将来的に家庭を持ちたいという漠然とした思いはあるが、相手については注意深く選んで行きたいところ。下手に女性に好かれまくって面倒ごとを起こすのは、俺の望むところではない。


 とりあえず、これで上級生達からのからかいは上手く受け流せたと思っていた。しかし、この出来事をきっかけに、俺と夕菜が付き合っていると言う噂が俺達のクラスにまで広まって来て、クラスメイト達の興味を引いてしまうとに。


 女子からの集中砲火の対象となった夕菜は、話を振られるたびに顔を真っ赤にするものだから、すっかりその気になった女子達から、俺まで詰め寄られるハメになってしまう。これまで距離があったとは思えない、やれ「大切にしろ」だの、やれ「泣かせたら許さない」だのと言うお言葉を賜り、安易に仲良しアピールするものではないなと、俺はひそかに反省するのだった。

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