第16話 小学生で男女が一緒にいるとよく起こるアレ

 いくら退魔師への道が決まっているとは言え、義務教育を反故にすることは出来ない。小学校で習うような内容など、俺にとっては今更聞くまでもないことだが、あからさまにサボる訳にも行かないので、大人しく日々の授業を受けている。


 夕菜はと言えば、基本的に負けず嫌いなので、授業はきちんと聞いているし、予習、復習も欠かしていないようだ。もちろん、そんな努力をひけらかすような人物ではない。他人から見えないところで努力して、人前では尊大に振舞うのが、冴杜夕菜という人物なのである。


 とは言え、そもそも日常生活の習慣が異なる俺と夕菜は、はっきり言ってクラスでは浮いていると言わざるを得ない。大抵の子どもは休み時間や放課後に集まって遊びに興じるが、俺達はそうではないからだ。


 空き時間があれば鍛錬に当てるし、放課後はさっさと家に帰って、また鍛錬。おおよそ子どもらしい生活習慣など、俺達は持ち合わせていないのである。


「なぁ、冴杜さえもり


 休み時間の校舎裏。俺は地べたに座って右手で頬杖をつきながら、木槍もくやりを熱心に振るう夕菜に話しかけた。


「何よ、八神やつがみ


 一応返事はしてくれるが、視線は正面を向いたまま。恐らく仮想敵を目で追っているのだろう。見事な集中力だ。


「俺達これでいいのかな」

「はぁ? あんたまさか、周りの連中のこと気にしてる訳?」


 流石は頭のキレもいい夕菜だ。俺の言わんとすることを的確に汲み取ってくれる。


「うちはうち、他所よそは他所でしょ。そんなこと気にしてないで、あんたも鍛錬の一つもしなさいよ。ただでさえ、巫力はカスみたいなもんなんだから」


 彼女の言いたいことはわかるが、俺の鍛錬の時間はきちんと確保してあるのだから、わざわざ学校の休み時間におこなう必要はない。もちろんその気になれば、いつでも空間魔法と時間魔法を使って修行空間にこもることも出来るのだが。


「確かに鍛錬は必要だけどさ。クラスメイトとの交流はしておいた方がいいと思うんだ」

「何それ。学校があるせいで鍛錬の時間がかなり削られてるのに、これ以上余計なことに時間使ってどうする訳?」

他人ひととの交流を「余計なこと」ってくくることがよくないって言ってるんだよ」


 俺だってかつては夕菜と同じように思っていた時期がある。しかし、人を守るのに、その人のことを知らないのでは、それはただの独りよがり。それが決して褒められたことではないということを、今の俺は知っている。


「守るべき相手のことをよく知ることも、修行の一つだ。それを学ばせるために、俺達はこうして学校に通わされてるんだと思うし」


 直接父からそういった話を聞いた訳ではないが、少なくとも俺は、そういう意図いとがあると踏んでいた。父ほどの人格者が、他者との関わりを軽視するとは思えない。かと言って、こういうのは誰かに言われたからやるのでは意味がないのである。ましてや、親からの指示ともなれば、それはもう全く別の何かになってしまう。


「……あんたの考えはわかったけど、それでもあたしは鍛錬を取る。あんたみたいな能無しに、いつまでも遅れを取る訳には行かないもの」


 どうやら、俺が先に手柄を立てたことをまだ根に持っているようだ。これは上手いことガス抜きをしてやらないと、そのうち大爆発を起こすに違いない。


 これまでの転生先でも、女性関係ではよく悩まされたものだが、今はとにかく人生の年季が違う。相手が何をしてこようと大抵のことは笑って受け流せるし、必要とあれば深入りだってする覚悟だ。無関心にさえさせなければ、大体の人間関係はよい方向に持って行ける自信がある。


「冴杜の向上心の高さは美徳だし、気に入ってるけど、たまには気を緩めるのもありなんじゃないか? 張り詰め過ぎた糸はすぐ切れるぞ?」

「いきなり何? キッモ!」

「そんな言い方はないだろ。俺だって傷つくぞ?」


 もちろん、口で言うほどこちらを嫌っていないことは百も承知。彼女は、本当に嫌いな相手とは一切関わろうとしないからだ。


「あんたはこの程度で傷付くほど繊細じゃないでしょ」

「お? 俺のことよくわかってるじゃないか」


 と、そんな会話をしていると、頭上から声がかかる。確か、この場所の上にあるのは上級生のクラス。恐らくこちらの会話が漏れ聞こえていたのだろう。見上げてみれば、男子生徒が数人、窓からこちらを見下ろしていた。


「そんなところで何やってるんだよ。校内デートか?」


 校内デートという単語自体は初めて聞くが、意味するところはわからないでもない。俺と夕菜が男女の組み合わせだったから、からかうつもりで発した一言なのだろう。いつの時代も、子どもというのは、この手の話題が好きなのだ。


「ちょ、べ、別にデートじゃないし!」


 とりあえず言われたことに対して反発するのが、夕菜の性格である。どもったのは、別に俺に好意があるからではなく、自分がそういう話題の的にされたことに対して驚いたからだろう。


 しかし、そういう反応が、仕掛けた人間からしたら一番面白いものだということまでは、今の彼女にはわからなかったらしい。案の定、上級生の男子達は面白がってますますからかいムードを加速させたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る