第15話 意図せず先輩方の度肝を抜く新人

 振り下ろした刀は、虚しく空を斬る。それまではっきりしていたあやかしの気配も霧散してしまい、居場所を把握出来なくなってしまった。


 俺はすぐさま体勢を整え、刀を構え直す。もちろん同行している先輩達も警戒を強めているが、その顔色はよいとは言えない。それもそうだろう。このように本体が霧散し姿を晦ます妖など、これまでに目撃例がないのだ。


 相手の位置がわからない以上、アドバンテージは向こうにある。相手は自由なタイミングでこちらに攻撃を仕掛けることが出来るが、その逆は不可能。少なくとも、相手の本体が露出している常態でなければ、いくら退魔師の技を持ってしても、妖を祓うことは出来ない。


「まったく! あいつ、どこ行ったのよ!」


 周囲の気配に注意を傾け、いつでも攻撃を繰り出せる体勢のまま、夕菜が声を上げた。突然のことに多少混乱している様子ではあるものの、妙な力みもなく、動き自体は悪くない。これならば、再び妖が現れた時に遅れを取ることはないだろう。


 しかし、この状態が長く続くのはよくない。極限の緊張状態は精神を著しく磨耗させる。精神的に消耗すれば、退魔師の力の源たる巫力にも影響を及ぼすので、ここは早急に妖を発見したいところだ。


「いったいどうなってる!?」

「こんな妖は初めてだ!」

「我々はいったいどうすれば!?」


 なかなか姿を現さない妖に、先輩達は消耗の気配を見せ始めている。俺だって、こういった相手がであったのなら、同じような反応をしただろう。


 だが、幸いと言うべきか。俺はこの手の敵と戦ったことがある。もちろんこの日本の出来事ではない。あれは何度目の転生の時だったか。自らの身体を霧に変える能力を持った魔物と戦ったのである。


「うろたえるな! いかに相手が見慣れぬ妖であろうと、我等に引くと言う選択肢はない!」


 そう叫んだのは父だ。そして、冴杜家のご当主も、それに続く。


「そうだ! 我等五柱に名を連ねるものであれば、敵が強大であればこそ、民草のために戦うのが道理! 皆武器を取れ! 明日の自分に恥じぬ意気込みを見せよ!」


 流石は五柱の頂点たる2人と言えよう。その堂々たる佇まいは、そこにいるだけで頼もしい。


 全員の士気が上がったタイミングで、俺は妖を倒すための方策を実行に移す。


 この手の相手は、霧になっている間、こちらの攻撃は一切通らない。しかしそれは大抵の場合、相手とて同じ。こちらを攻撃するタイミングだけは、相手も実体化する必要があるのだ。


 もちろん、過去に俺が戦った魔物の中には、霧状になったままでも攻撃手段を持つものもいたが、少なくとも今この場にいる妖は、こちらを攻撃してくる様子がない。と言うことは、この妖は霧になったままではこちらを攻撃出来ないのだと考えていいだろう。


 俺は刀を持ったまま印を結び、広域に雷を走らせる術を放つ。まずは相手の潜んでいる場所を特定するのだ。雷の力なら、加減をすれば周りに木々に影響は然程ないだろうし、霧になっている相手も有効のはず。


 弱めの電流が地面を走り、周囲の木々を伝って行った。すると、俺達の後方で何かが地面に落ちる音が響く。そちらに目を向ければ、先ほどの妖が仰向けに地面に倒れている姿。どうやら作戦は成功のようだ。


「仕留めます!」


 俺はそう宣言して、妖に詰め寄り、その首を一太刀で斬り落として見せる。首を絶たれた妖は、すぐに息絶え、その場から消滅した。


 一瞬の静寂。最初にそれを打ち破ったのは、八神家側の先輩達だった。


「おい、すごいじゃないか、朝陽!」

「俺達ですら初めて見るタイプの妖を、ああも簡単に!」

「流石は大河たいが様のご子息だけのことはある!」


 先輩方にもみくちゃにされて、俺の頭はボサボサになってしまう。血は繋がっていないが、実の家族と遜色ない、優しい先輩方だ。俺の成長が心の底から嬉しいのだろう。


 次いで、冴杜家の人達も騒ぎ始めた。日頃から修行に付き合ってくれていた八神家の先輩方は俺の実力を大まかに知っているが、冴杜家の人達はそうではない。こんな対した巫力も持たない俺が一番に活躍して見せたのが信じられないのだろう。


「今の術はどういうことだ!? 巫力がこもっているように見えなかったが!?」


 そう言って詰め寄って来たのは、先ほど俺に巫力の件で注意を促してきた青年だ。よくよく見てみれば、夕菜以外の冴杜家の人間は、皆同じような顔で俺を見詰めている。


 俺は八神家で説明してきた説明を、そのまま冴杜家の人々にも言って聞かせた。これまでの術式を改変し、巫力の消耗を著しく軽減することに成功した、と。


 もちろん嘘なのだが、魔力云々の話をする訳にも行かない。仮に言ったところで信じて貰えるはずもないのだし、わざわざ疑われるようなことを口にする必要はあるまい。


「そんな術があるのなら、ぜひとも教えてもらいたいところだが……。流石に他家に教えるようなことはしないよな?」

「そうですね。と言うより、俺以外にはあまり必要のない術式です。普通に巫力を使った方が早いですよ」


 そんなこんなで、俺と夕菜の初任務は無事に幕を閉じた。夕菜は自身が活躍出来なかったことに不満を漏らしていたが、数日後に別の任務で手柄を上げたとのことで、散々自慢話を聞かされることに。


 人間関係を良好の状態で保ちたい俺は、ひたすらに彼女の話に適度な相槌を入れ続け、ご機嫌を取った。


 俺達のこの活躍が広く知れ渡り、更に大きな依頼を受ける要因となるのだが、それはもう少し先の話。まさか、まだ小学校に上がったばかりの俺達が、単独で妖退治にのぞむことになるなど、思っても見なかったのである。

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