第14話 奇怪な妖

 さて、今回の現場は、小学校から車で30分ほど移動したところにある雑木林。何でも、最近この雑木林から犬のものとは思えない妙な遠吠えが聞こえたり、謎の生物の姿が目撃され、SNS上で話題になっているのだとか。


 それを調査し、可能であれば原因を排除するのが、今回俺達に課せられた役目であり、俺と夕菜にとっての初任務と言う訳だ。


「2人とも、準備はいいか」


 俺と夕菜が揃って頷いたのを確認してから、全員で雑木林に立ち入る。そこは昼間だと言うのにうっそうと茂った木々の葉のせいで薄暗く、何やら妙な気配で溢れていた。間違いなく何かがいるが、何がいるのかわからない。そんな雰囲気である。


 全員で周囲を警戒しつつ、雑木林の中をしらみつぶしに踏破して行くが、なかなか肝心の妖には行き着かない。もっとも、実際に妖の仕業と言う確証はないので、もしかしたらただの野生動物だったと言うオチも考えられる。


 妖がいなかった場合でも依頼料は振り込まれるという話だが、それでは初任務としては拍子抜けもいいところ。決して命のやり取りを求めている訳ではないものの、何もないとなれば、無駄足以外の何ものでもない。


 と、ここで俺は閃いた。相手が妖であるのなら、こちらの巫力を感じれば、向こうから姿を現すのではないか、と。試しに少ない巫力を惜しみなく使って、ソナーの要領で雑木林全体を探知することにする。


 俺を中心に、放射状に一気に広がって行く巫力。もちろん、同行している先輩達はそれに気づいた様子だ。


「おい、お前。今何をした?」


 冴杜家の青年退魔士が、俺に詰め寄って来る。何事かと目を丸くしていると、彼は怪訝そうな表情で、俺の胸倉を掴んだ。


「今、広域に放ったのは巫力だよな? そんな風に巫力を無駄遣いして、いざ戦いになった時に巫力を切らしたらどうする!」


 夕菜と出会った時もそうだったが、彼には俺の保有巫力が少ないことがわかっているのだろう。そんな俺が広域に巫力の大半を放ってしまったとなれば、それは心配にもなるというもの。


 俺だって一応、巫力を増やす訓練は積んで来たのだが、この日本における主力のエネルギーだからか、魔力や錬気功と比べて伸びが明らかに悪かった。ここ数年で辿り着いた俺の巫力値は、1万程度。今回りにいる退魔師達の平均が50万に迫るくらいなので、ざっと俺の50倍。比較的未熟な夕菜ですら、最近になって巫力10万を超えたと言うので、いかに俺の巫力が少ないのかがわかる。


「大丈夫ですよ。巫力を使わずに戦うのには慣れています。そうでなければ、父が俺を任務に就かせることはなかったでしょうし」

「……確かに、八神家当主の判断を疑うというのも失礼な話だが、本当に大丈夫なのか?」

「まぁ見ていてくださいよ。無様な戦い方は見せませんので」


 と、放った巫力に反応があった。まだ妖とは断定出来ないが、巫力を探知出来る何者かであることはわかる。


 俺は父にアイコンタクトを行い、そのまま反応があった方へと駆け出した。


「あ、ちょっと! 抜け駆けはずるいってば!」


 夕菜が咄嗟に俺を追いかけて来る。そのうしろに、他のメンバーが続いたのを気配で察知し、俺は移動速度を上げた。巫力を使った術式で加速するよりも、錬気功で身体能力を強化する方が、発生が早く、かつ持続力に長けている。


 俺は鍛錬に鍛錬を重ねた錬気功を存分に生かし、真っ先に反応のあった現場に到着。周囲の様子を確認した。


 いる。木の陰になっているのでまだ相手の姿は見えないものの、そこにいるのは明らかに原生の動物ではない。どす黒く、傍にいるだけで不快になるこの感覚は、間違いなく妖の気配。


 俺は刀を鞘から抜き、相手に向けた。向こうも、こちらの接近には気付いているようで、臨戦態勢にある。一触即発とはまさにこのこと。何かきっかけさえあれば、俺も妖も、即座に相手に飛び掛ることだろう。


 そして、そのきっかけは、案外早く訪れた。俺のうしろを追って来た夕菜が、枯れ枝を踏み折り、その音が周囲に響いたのである。


 先に動いたのは相手かた。素早く木を登って見せる様はまるで猿のようだが、それにしたってとてつもない速度だ。あっと言う間に木の天辺まで駆け上がり、そしてそこから勢いをつけて、俺に向って飛び掛ってくる。


 だが、そんなわかりきった軌道で突っ込んで来る相手の攻撃など、貰う訳がない。俺は1歩うしろに下がり、降って来た妖に向って刀を振り下ろす。剣の軌道も、タイミングも完璧。これで片が付くと思った瞬間。猿のように見えていた妖の形が崩れ、霧となって姿を眩ませた。

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