第32話 最初の接敵

 最初にくだんの妖と接敵したのは、それから数日後のこと。夕飯時を過ぎ、少し経った頃だ。


 俺の探知結界が、突如妖の反応を示す。アイドルの家に男の俺が上がり込む訳にも行かないということで、家での護衛は夕菜に任せているのだが、一応俺も近くには張っていた。


 妖の反応はひとつ。どこかからやって来たのではなく、突如天理の家に現れた形だ。ここまでは情報通り。この妖は、どういう理屈なのか、ある瞬間に突如発生する。原理はまだ調査中だが、それこそが、この妖の謎を解き明かすための重要なポイントであると踏んでいた。


「そっちはどうだ!?」

『妖の気配はある! けど姿はまだ確認出来てない!』


 スマホで夕菜と連絡を取りつつ、俺も天理の家に直行。そう遠くない位置にいたので、すぐに建物が見えてくる。イザナギでは一般的なマンションタイプの建物。天理の要望で10階建てのマンションの最上階に部屋があるのだが、妖から当人を守ると言う点で見れば、これが厄介極まりない。


 一般的に、人間は建物の10階から飛び降りられるように出来ていないのだ。不測の事態に際し、速やかな避難が必要となった場合、建物の高所というのは非常に逃げ難い場所の一つと言える。わざわざそんなところに拠点を設けて欲しくない訳だが、申告しても聞いてもらえなかったのだから仕方がない。


「マンションの下まで来た! 必要なら合図をくれ! 下で受け止めるから!」

『流石にここで戦う訳にも行かないでしょ! 準備して!』

「了解だ!」


 俺は術式で風を呼び出し、即席のクッションを用意する。あとはみんなが飛び降りて来れば、受け止めるだけだ。


「出来たぞ! いつでも来い!」

『それじゃあ、邪魔な2人組から!』


 雑に放り投げられたらしい一般人護衛の2人組が、空から降って来る。何もなければ落下の勢いで身体がバラバラになっていただろうが、俺の術式に不備はない。きちんと彼等を受け止め、無事に着地させた。


 何が起こったのかと驚きの声を上げている2人を他所よそに、俺は夕菜と天理が降りてくるのを待つ。が、なかなか降りてくる様子がない。


「おい、冴杜さえもり! どうした!? 何かあったのか!?」

『……ねぇ、八神やつがみ。これ、案外厄介な案件かも』

「どういうことだ!?」

『癪だけど、今後はあんたに任せることになりそう』


 次の瞬間。天理の部屋が大爆発を起こした。直前に天理だけ空中に放り投げられたのを確認したが、夕菜の姿は目視出来ていない。


「おい、冴杜! 大丈夫か!? 応答しろ!」


 天理を受け止めつつ、夕菜に声をかけ続けるが、返答はないまま。通話状態は維持しているのでスマホは無事なのだろうが、肝心の夕菜の無事は確認出来ない状況。


「今すぐ、消防に連絡! 急いで!」


 俺は護衛の2人に指示を出しつつ、夕菜に声をかけ続ける。彼女だって一通りのじゅつは使えるのだから、身を守るすべくらいあったはずだが、それが上手く使用出来る状況だったのかはわからない。


 いつの間にか妖の反応は消えていたし、詳細はわからず仕舞いだ。結局、夕菜は到着した消防隊に救助され、病院に搬送。命に別状はないとのことだが、軽度とは言え全身火傷の上、いまだ意識不明の状態が続いている。


 あの場で一体何があったのか。専門家でない天理の話を聞いても要領を得ず、詳細は夕菜の意識とともに闇の中。こんなことなら最初から無理を言ってでも、俺も天理の家に常駐するべきだった。


「……不甲斐ない」


 俺は過去を反省しつつ、夕菜が与えてくれた情報を元に、今後の方針を立てる。あの夕菜に厄介な案件とまで言わせたのだ。通常ではあり得ない何かを、彼女は目撃したのだと思われる。それが何で、どうすれば天理の安全を確保出来るのか。


 突如、天理の家に現れた妖。夕菜に衝撃を与えるほどの何か。そしてあの爆発。それらの情報を元に弾き出した俺の結論。考えたくないことだが、これしか考えられない。


 俺は拳を握り締め、まだ暗い空を見上げて大きく息を吐く。これは妖を利用した殺人未遂。犯人は天理の知人の誰かだ。

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