第31話 目に見えない妖

「なるほど。目に見えない妖……ですか」


 まだ本土にいた頃。彼女の護衛についていたのは、五柱ではなかったらしい。彼等は決して無能ではなかったが、目に見えない妖を相手にかなりの苦戦を強いられていたそうだ。そんなものを間近で見せられ続ければ、護衛を依頼した側としては不満が残ると言うのも頷ける。


 念願叶って五柱の護衛が付いたかと思えば、担当するのは自分と同じ年頃の子ども。これでは安心しろという方が難しいだろう。気持ちはわからないでもない。


「相手が目に見えないんなら、銃持った奴を護衛に付けたって意味ないじゃん」


 夕菜は早速、天理の浅はかさに噛み付いているが、戦う力のない人間にとって、妖の存在など脅威以外の何者でもないのだから、そこを指摘すると言うのは無粋ぶすいというものだ。


「でも、依頼者であるあなたが無事だったと言うことは、撃退は出来ていたんですよね?」

「毎晩数人の退魔師が代わる代わる病院送りになっていた状況を「撃退していた」と言うならそうでしょうね~」


 相手が目視出来ないのなら、討伐するのは難しいだろう。となれば、最終的には自らが盾になってでも、護衛対象を守るしかない。その時点で五柱に話が回ってもいいはずだが、そうなっていないと言うことは、何か事情があるはず。


 そもそも、彼女が繰り返し妖に襲われるというのは、どういう訳だろうか。見たところ、特別な霊媒体質ということもないし、怪しげな呪術的行為をおこなっている様子もない。今をときめくアイドルということ以外は、至って普通の一般人である。


 考えられる可能性を挙げるのであれば、彼女の行動の内、特定の行為にのみ反応する呪いを受けているケース。それから、彼女の言っていることそのものが嘘、あるいは事実の誤認であるケース。


 仮に前者であった場合。呪いの発動条件がわからない段階では、解呪かいじゅすることはもちろん、呪いをかけた相手を特定することも不可能に近い。不可能であると言い切らないのは、あくまで技術的には可能と言わざるを得ないからだ。あらゆる犠牲を容認するのであれば、強制的に呪いを祓うことは出来る。


 そして後者であった場合。嘘をついたところで、調べれば真実はわかる訳だし、彼女にそこまでするメリットはない。事実の誤認という線に関しては、情報が少な過ぎて、今の段階で正解に辿り着くのは、ほぼ無理。考えるだけ無駄である。


 彼女のもとに妖が頻繁に現れていたのは事実として、その原因を排除しないことには、今回の件は解決には至らない。かと言って、目視出来ない相手の襲撃に常時備えると言うのは現実的とは言い難いだろう。ならばどうするか。


「まずは、その妖の情報収集しかないですね。相手が誰かもわからないのでは、話になりませんから」

「そう言って、今までの人達はみんな失敗してるんだけど~?」

「こういうのは情報の積み重ねですから。あなたがどれだけの無茶を言ったのかはわかりませんが、俺達は前任者からの引き継ぎも受けていないんです。まずは、そこからですね」


 退魔師などという闇家業の人間が、一般人から碌な評価を受けないと言うのはわかりきったこと。仕事は出来て当然。出来なければいないのと同じ。いつまでも結果を出せない退魔師の言うことなど、誰も聞いてくれない。


 肝心の退魔庁から情報が降りて来ないのは、降ろすべき情報がないからか、それとも一枚岩ではない組織におけるあれこれなのか。ともあれ、上が動いてくれないのであれば、こちらで独自に動く他ない。多少強引にでも、前任者を割り出して、話を聞かなければ。


 という訳で、実家である八神家の情報網を使わせてもらいつつ、平行して、俺独自の情報網からも探りを入れることにした。厄介ごとが何もなければ八神家の情報網でこと足りるし、何かあっても別ルートも使っておけばリスクの分散になる。


 この辺りは父の教えではなく、俺の経験則によるもの。父は割りと脳筋なので、細かい策謀を巡らせるのは性に合わないのである。全てをパワーで解決する父が目立つのは当然として、悪目立ちしたくない俺は、細々と策略を練るしかないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る