第33話 アイドルと同居

 夕菜の意識が戻らないまま数日が過ぎ、俺達は拠点を変えながら、何とか日々を過ごしている。毎晩拠点を変えているのは、くだんの妖の発生条件がわからないから。一箇所に留まって居場所を割り出されていたのならいいのだが、それを知っているのは当の妖だけ。警戒する側の俺達は、こうして日に日に精神をすり減らすしかない。


 強制的な同居状態だ。お互いに思うところはあるものの、目の前の危険を考えれば、嫌とは言えない。極力彼女の視界に入らないよう気を使いながら、寝ずの番を続けている。最初に夕菜がやられたのは想定外だ。順番に休憩を取るということが、出来なくなってしまったのだから。


 それでも、一般護衛の2人に任せる訳にも行かない。彼等はあくまで一般人。妖が相手では、成すすべがない以上、俺が目を離す訳には行かないのだ。


「毎度言いますけど、入浴は手短に。いつ妖が現れるか、わからないので」

「わかってます~」


 国民的アイドルと一つ屋根の下にいる状況など、普通に考えたら大事おおごとなのだが、今は緊急時。男女間のあれやこれやを、引き合いに出している場合ではない。


「こっちも毎回言ってるけど、覗かないでね~」

「……善処します」


 最初はきっちりと「覗かない」と明言していたのだが、それはそれで彼女のプライドが傷付くようだ。わずかばかりだが表情が曇るので、その理由に気付いてからは、こうしてあえて曖昧な返事を返すようになっている。


 多少肉体年齢に引っ張られている感があるとは言え、中学生に欲情したとあっては、俺の面目めんぼくは丸つぶれ。当然それは仕事の評価にも繋がるので、決して気を抜いたりはしない。


「しかし、同年代の女子の入浴が終わるのを、こうして同じマンションの一室で待つことになるとはね……」


 しかも、よりにもよって相手は超人気アイドル。こんなところをカメラにでも収められようものなら、一大スキャンダルだ。もっとも、今この部屋は俺の術式でがちがちに固めてあるので、妖の出現はおろか、盗聴や盗撮も見落としたりしない。


 ドア一つ向こうからシャワーの音が響いて来ても、俺は部屋の中央に陣取って、術式に意識を週通させる。目の前にいる男性警備員と、念のためにとバスルームの入り口の前に控えている女性警備員に、ちらりと視線を送りつつ、結界に触れる僅かな気配も逃すまいと、術式の末端まで監視し続けた。


 結界に反応があったのは、天理あまりが風呂から上がり、寝る準備を済ませた辺り。前回よりも距離が近いからわかる。この反応は転移のものだ。何者かが、術式を使って、この場に転移して来ようとしている。


綾嶺あやみねさん! 避難準備!」

「ええ~!? 今ですか~!?」


 彼女の右手にはスマホ。どうやらSNSでエゴサをしていたようだ。こんな状況でよくやるとも思ったが、むしろこんな状況だからこそ、下手な情報が出回っていないかが気にかかるのだろう。


 とは言え、今は緊急事態だ。ベッドに寝そべっていた彼女も跳ね起きて、すぐに立ち上がった。何があってもいいように、横になる時も靴を履いたままにさせていたのだが、早速役に立つとは。


「お2人も窓際に! すぐに外に出ます!」


 慌ててベランダに続く大窓を開け、警備員の2人はそのまま外に出る。俺は気配のする方に身体の正面を向け、背に天理を庇うようにして立った。


 転移完了まで3、2、1――。


 しかし、カウントがゼロになっても、それらしい妖の姿は見えない。気配は確かにそこにあるので、何らかの方法で姿を晦ませているだけで、転移して来たというのは間違いないようだ。


「なるほど? こりゃ、確かに見えないな。認識阻害か、光学迷彩か。気配を誤魔化していないってことは、光学迷彩か?」


 光の屈折の方向を術を使ってずらしてやれば、機械的な光学迷彩と同じような効果を得られる。問題は、それを使った術師がどこにいるのかだ。


 ともあれ、まずは護衛対象を安全圏に置く必要がある。俺は天理を小脇に抱え、警備員の2人とともにベランダのへいを乗り越えて、そのまま空中に飛び出した。


 この階の高さは地面から7、8メートルと言ったところ。何もしなければ軽い怪我では済まないだろうが、俺にはいくつもの術式がある。安全性を第1に考えるのなら、以前と同じ風力操作がいいだろう。


 落下の勢いを上手いこと風力で打ち消しつつ、俺達は無事、地面に着地した。妖の気配もまた、俺達のあとを追おうとしている。妖の動きに注意しつつ、俺は他にいるはずの術師を探した。それが、この任務の成否せいひを決める重要なピースであると、確信していたのである。

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